『奥本昆虫記』 (教育評論社) 発刊

 奥本館長の新著がでました!
 月刊誌「潮」に連載されたコラム「山野蝶瞰」の集大成版です。
 テントウムシにカブトムシ、アメンボから人面カメムシ、軍隊アリ、バイオリンムシなど、100編の虫エッセイ。
 「蜜は甘い。だが蜂は刺す。薔薇に棘があるように、蜜蜂には剣がある。この世に苦痛を伴わぬ甘美さはない。
 人間はつくづくあつかましい動物であって、たとえば「蜜蜂」、とこの蜂に名付けたとき、その蜂はもう、自分のものだと思い込んでいる。
 「働き蜂」は人間のために働いていると考えているふしがある。・・・」(本文「蜜蜂」より)
 各エピソードに、やましたこうへいさんのたのしいイラストが挿し込まれています。
  ※ファーブル昆虫館でもご購入できます(1,800円+税)

館長の部屋(ブログ)

10月31日 ~ ハンミョウの合戦 ~
大水槽  昆虫館に着くとまず、ハンミョウの大水槽の電灯をつける。
 パッと明るくなると、それまで真暗闇の中にいた十数匹のハンミョウたちが
 その場に凝固したようにじっとしている。
 砂の上に小さな影が見えて何となく前のめりに虫が止まっている様子は、
 「だるまさんがころんだ」の遊びをしているようである。
 それがずーっと灯りをつけておくと、やがて自由に飛び回るようになる。

ハンミョウの戦い  週に一回、近藤さんがワラジムシをやってくれるのが彼らの食事で、
 私は水しかやらないから、「先生、水腹で・・・」と空腹を訴えられているような気がする。
 そのせいで、砂の上には共食いの犠牲者の部品が散らばっている。
 それが何とも彩り美しく、壇ノ浦の戦いで平家の若武者が身にまとっていた鎧の破片のようである。

(左の写真はハンミョウがケンカをしているところ)
10月25日 ~ 見ちがえるよう ~
2F  最近、ファーブル昆虫館に新しいボランティアの方が来てくださった。
 二階に保管している大量の標本のパラゾールを入れ替えてくださる。
 いちいちドイツ箱を開けて防虫剤を入れ替えるのは大変な作業だが、お一人で粛々と作業してくださるのは非常にありがたい。
 伊藤さんという方である。この方はまた、物を片付ける名人で、二階の元・生き虫飼育室も標本室も片付いた。
 三階のワークスペースは、まず床が見え始め、空の段ボール箱が折りたたまれ、わけの分からぬ書類・雑誌が整理整頓されていって、とうとうすっかり本来の事務室らしくなってしまった。びっくり。
 聞けば前のお仕事の関係で三年に一回、転勤があったのだという。納得である。
 それにしても本当に気持ちがいい。感謝々々。
9月13日 ~ 東京からなくなったもの ~
空き地  昆虫館の手前、保健所の近所に更地ができた。
 前は何が建っていたかもう思い出せないが、たちまち草が茂って、秋の虫が鳴いている。
 ツヅレサセコオロギにエンマコオロギの声まで聞こえる。
 こういう空き地は、東京では実に貴重である。
 以前に「東京人」という雑誌のアンケートで、「東京からなくなったものは」というのがあった。
 解答に、風呂屋とか喫茶店とかいうのが多かったが、今思えば、東京からなくなったものは、何よりも土管の転がっているような空き地である。
 昔は、夕方、そういう空き地にギンヤンマがいたものである。
 そういう風景はもうない。
9月6日 ~ ハンミョウの知られざる生態 ~
ハンミョウ  ファーブル会のスタッフたちが房総へ遠征し、ハンミョウを採集してきた。
 かなりの大漁だったようで、15頭ほど昆虫館で生き虫として展示した。
 日頃の行いのいい人にはいいことがあるのだ。
 ハンミョウは甲虫のくせによく飛ぶ。ハエかと思うくらい。
 風呂桶ほどもある大水槽に投入すると、自由に、わんわん、といった感じで飛びまわっている。
 じっと止まっているときは、それこそ宝石のように綺麗な虫だが、動いていると目立たない。
 来館中の子供たちも見入っていた。

ハンミョウ  閉館時間近くになってもう一度水槽の様子を見に行くと、ハンミョウたちの姿が見えない。
 近藤さんが「先生、上です」と言うので、水槽を覆っているネットの裏側を覗くと、なんと、そこに群れを作っているではないか。
 肉食昆虫同士がこんなに群れて、モメごとは起きないのか。
 蛍光灯の照明の下に集まっているのだが、不思議な事に2本あるもう一方の下にはまったくいない。
 こんなことは自然の中で観察するのはほとんど不可能であろう。
 こうして大きな水槽に入れてみてはじめてわかる生態なのであるが、それにしても虫というものは分からないことばかりである。
9月2日 ~ 脱獄者 ~
ダイオウヒラタ  昆虫館の三階でひとり原稿を書いていると、バリバリという音がする。
 前回紹介したクワガタたちが大アゴでプラスチックの飼育ケースを根気よく噛んでいるのだ。

 日本産のクワガタも同じことをするけれど、何しろオウゴンオニなんかは体が大きくて力が強い。
 今にも飼育ケースを壊してしまうのではないかというような、すさまじい音をたてている。

ところで今流行っているゲームに”プリズンブレイカー”というキャラが登場するらしくて、 英語を知らない小学生がしきりにその名を口にする。 このクワガタたちはまさに脱獄者の大男みたいである。迫力満点。
さらにコーカサスオオカブトなどは怪力の巨人で、いつケースが壊されるか知れたものではない。
それによく食べる。一日に昆虫ゼリーの大を一個完食。感心する。

 (写真は先日Kさん宅で脱獄を図ったダイオウヒラタクワガタ)
8月30日 ~ 臨時生き虫展示 ~
生き虫展  スカリツリーの大昆虫展が無事25日で終了。
 展示していた生き虫をひきとってくれないかとのことで運搬してきた。
 ヘラクレスオオカブト、オオクワガタ、タランドゥスオオツヤクワガタなど、
 内外のスター連中が総勢17頭来館。
 臨時の生き虫展としてファーブル館で展示・公開することにした。

生き虫展  ところがその中に大変めずらしいカブトムシの雌雄(♂♀)型が混じっていた。
 どうやら哀川翔さんの所有物が手違いで紛れ込んでいたらしい。
 そのまま黙っていただきたいところだが、正直に申告して返却。
 せっかくなので写真だけここに掲載させていただくことにする。


8月16日 ~ 大昆虫展 ~
大昆虫展  大昆虫展  スカリツリーの昆虫展でカブトムシゆかりさんといわゆるトークショー。
 ゆかりさんが「カブトムシゆかりの昆虫教室」と題した要領のいいパワーポイントを作ってきていて、
 小学生低学年ぐらいの子供たちにクイズをだす。
 正解した子には自分で用意してきた昆虫のフィギュアを手渡し、
 古代のトンボ「メガネウラ」の解説には自筆の絵を広げて見せた。
 相当に場数を踏んでいるのでしょう、見事な司会進行ぶりに感心するばかり。
 子供たちへのサービス精神も旺盛で、会場を盛り上がらせる腕は大したものだった。
 私の方は、相槌を打って笑っているだけで、ラクチンでした。
大昆虫展




8月15日 ~ 昆虫飼育教室 ~
ヒラタクワガタ  今日は標本教室ではなく、甲虫の飼育(ブリード)教室を開催した。講師は高橋冠さん。
 冠さん、20年のウンチクに、子供たちも聞き入る。ニジイロクワガタの幼虫がお土産。
 それにしてもこの二十年ほどの間に甲虫飼育技術は大躍進を遂げた。
 昔は林長閑氏の『甲虫の生活』ぐらいしか参考図書がなく、みんなミキサーでクヌギの木を砕いてネスカフェのビンに詰め、それをクワガタの幼虫の飼育容器にしたりしていたのだった。
標本作りも楽しいが、飼育にはまた別の楽しみがある。
なにしろ生きたクワガタで、毎日大きくなったり変態したりするから、名前をつけて成長ぶりに一喜一憂することになる。
ふつう標本に名前をつけることはないので、このあたりがちがうのである。
8月12日 ~ 標本教室 ~
カミキリムシ  昨日に引き続き、今日も昆虫標本製作教室。
 昨日はセミ・トンボだったが、今日はセミ・トンボ教室と、中級教室も開いた。
 こちらは、甲虫の翅を開いたり、けっこう凝ったことをやっている。満員の盛況。
 その材料が、スマトラ産の、青い地に黒い横縞の大型カミキリだとか、
 やはりスマトラ産のホソアカクワガタだとか、昔から考えればずいぶん豪華美麗種を使っている。
亡くなった国立科学博物館の黒澤良彦先生らが見られたら、びっくりされるだろう。私も「子供にこんな贅沢なものを与えていいのか」とつい、ためらう次第。
しかし、そのうちに世界中で採集禁止地区が広まっていったら、こんなこともできなくなるだろう。
今のうち、今のうち。
7月25日 ~ 甲本ヒロトさん来館 ~
ヒロトさんハンミョウ  浜松産のカワラハンミョウ4頭を持参して下さる。
 ナミハンミョウのように派手ではないが、華奢で鞘翅の柄が通好み。
 甲本さんは久しぶりに岡山の実家に帰られたとかで、名物の柚子せんべいと倉敷の
「W焙煎はじけ黒豆茶」を土産に下さる。
 柚子せんべいをぼりぼり食べていると、その音がうるさくて人の話がよく聴き取れない。
 「歯が丈夫ですね」
 と甲本さんにほめられた。

 (いただいたカワラハンミョウはしばらく昆虫館で生態展示していますので、ぜひご来館ください)
7月21日 ~ オオクワガタを獲る ~
R君とオオクワ  「あっ、あれ」と近藤さんが指さした。
 農道脇の二股になったクヌギの木の高いところに小さな”うろ”がある。
 私の位置からでも、そのうろの中に黒い光が見える。コクワガタやヒラタクワガタではない。
 「ひょっとすると!」
 と言いかけたら、R君が、
 「僕、登ってみる」
 と、二股の幹の間に足をつっぱって登り始めたが、うろまでは3メートルはある。二本の幹はどんどん広がっていくので開いた足が届かなくなった。
仕方がないのでうろのある方の幹に抱き付いてよじ登ったが、うろまでもう一息というところで力が尽きかけそうになった。
するとそれを見ていた安達さんが黙って木の下に立ち、R君の尻を手で押し、肩に足を乗せさせてなんとか態勢を立て直すことができた。
R君は中学三年生、この一年で6センチも背が伸びてもう一人前の大人の体格だ。
Tシャツ一枚で、トレッキングシューズで踏みつけられたのではさぞ痛かったろう、おまけに尻を支えていた手も踏まれてさすがに安達さんも顔をしかめた。
それでも数分間の苦闘の末、とうとうピンセットの先に獲物をとらえた。立派なオオクワガタの♀だ。
♂は中にもぐり込んだらしいが、それはうろの縁を削らなければならないし、片手で樹につかまっているR君の腕力の限界がきてしまったのであきらめる。

初めてのオオクワガタにR君は有頂天だったが、安達さんの優しさがわかったかな?
7月18日 ~ カブちゃんカブト ~
カブちゃんカブト  東京スカイツリータウンで今日から開催中の「大昆虫展」。
 そのオープニングイベントに出演された、カブトムシゆかりさんが手塩にかけたカブト虫を6ペア提供して下さった。
 昆虫館のカブト虫がとうとうゼロ匹になったことを知って、急きょ救済してくれたのである。
 展示をはじめたとたん、来館中の子供たちが群がり歓声を上げて大好評。
 いよいよ夏休みの季節到来である。

 ところで、ゆかりさんのカブト虫はボクもほしい。


7月16日 ~ 100×100は? ~
虫屋さんの百人一種当会としてははじめての著作、『虫屋さんの百人一種』の見本到着。
主に当会のメンバーの方々に、それぞれ好きな昆虫を一種選んでもらってエッセイを書いてもらったもの。小学生から大ベテランの虫屋まで、著者の多様性は高い。
やくみつるさんとカブトムシゆかりさんにも寄稿していただいた。
昨年発刊する予定であったのだが、諸事情で今年になってしまったが、夏休みに間に合ってよかった。

執筆者が100人いて、仮に一人が百冊売ってくれれば、一万部捌ける計算だが、なかなかそうはいかない。


7月12日 ~ 家族で昆虫採集 ~
ムシヒキアブ ウスバカゲロウ穴山採集会に家族で参加。うちの子供の同級生で有望な昆虫少年も同行。
往きの高速道路は故障車と事故で三か所の大渋滞。到着まで3時間以上かかる。
天気はまあよかったが、オオムラサキは少ない。台場クヌギが巨大に育ち、そのはるか上の方に蝶の姿は見えるが、わずかな樹液には降りてこない。
子供ではなかなか手が届かない。
雑虫を採る。小型のムシヒキアブがウスバカゲロウの体液を吸っていた。標本にする。
クヌギのウロの中にコカブトムシのばらばらになった死体発見。
コカブトムシは何とはなしに懐かしい。
6月21日 ~ ゲイシャ ~
『奥本昆虫記』の見本出来る。
小生の虫エッセイに、見開きで挿絵をつけて下さった山下さんのアイディアにはいつも感心する。
たとえばクジャクチョウの日本亜種の学名「ゲイシャ」の話。クジャクチョウの身体が日本髪の芸者になっている挿絵を描いてくれた。
これがカラーだったらもっといいが本が高くなる。
6月12日 ~ 虫屋スカウティング ~
子供を連れて国立科学博物館の「大アマゾン展」に行く。子供の小学校の同級生も三人。
ケモノ、爬虫類、鳥、魚、そして昆虫・・・さまざまな生物の映像と標本を上手に使った見ごたえのある展覧会で子供たちも喜んだ。
昆虫の標本は亡くなった池袋の荒井久保さんのところから寄贈されたものだという。荒井さんの標本もいいところに納まって安心というところ。
同級生の男の子たちもファーブル昆虫館に来たいと言ってくれている。
虫屋のタマゴは数少ないながらも身近にいるもので、その芽を摘まないように立派なナチュラリスト、できれば虫屋に育ってほしいと願ってやまない。
ところでこういう施設もしかし、独立行政法人化-古い話だが-のおかげで予算的には苦しいはず。大英博物館などもサッチャー政権の時期に大ナタをふるわれたらしいが、それでもかつての大英帝国の遺産があるから、天井は高く、柱は太く、実に立派である。
結局、教養がなくてバブルマネーの正しい使い道に気が付かなった我々はあれに追いつくことはもはや望めないのか。
科博も、つくづく見てあちらの博物館と比べてみれば、ハッキリ言って大人と子供。中学生のコレクションぐらいの気がして口惜しい。
6月6日 ~ ファーブル会総会 ~
蝶供養日本アンリ・ファーブル会の総会が無事終了。
総会となると特別な方々が来てくださる。大野正男、藤岡知夫、鶴見尚弘、増田陽一の各先生方。鶴見先生は八十路を越えておられるはずだが、相変わらず酒はお強く「もう一軒行こう!」は変わらなかった。
東洋史の泰斗であるから、久しぶりにお会いした小生としては、今の中国に起きている事件などに関して、いろいろお尋ねする。
そして、「なるほど中国人の思考方法だとそうなるのか!」と思うことばかり。
大野先生はいつもお土産に珍しい文献のコピーなどを下さるのだが、今回は戦前の日本の科学雑誌に出たウージェーヌ、ル・ムールトの紹介記事。
ル・ムールトは、拙著『補虫網の円光』の主人公になったフランスの標本商である。
帰りには、藤島武二の、若い女性のまわりに蝶が群れ飛ぶ切手の原画と切手の比較のカラーコピーまで下さった。
藤島の水彩画「蝶供養」には、円山応挙の蝶の写生帖の影響があるとのお説。なるほど応挙と藤島は四条派つながりなのだ。
5月27日 ~ 発刊祝い ~
『ファーブル昆虫記』九巻下が無事出たので、口絵の撮影者である、海野さん、鈴木さん、伊地知さんでお祝い。
市ヶ谷の海野さん行きつけのフレンチ「マルミット」というお店。
もう一度フランスに取材に行く話。海野さんの西アフリカでの体験。その話は、彼のブログに詳しい。
5月26日 ~ ぬえチョウ ~
昼ごろ昆虫館に着いたら、大きな白い蝶が。アカボシゴマダラの♀だった。エノキに産卵に来たらしい。
ちょっと前なら、「何だろう?」とぎょっとするところ。
アゲハのようにも見えるし、オオゴマダラのようにも見える。まさに、鵺(ぬえ)蝶である。
5月6日 ~ ファーブル館のレモン ~
レモン昆虫館の裏口にレモンがある。
三年ほど前、夜店で売っていた鉢植えのレモンの木がだんだん弱ってきたのを地植えにしたら力を回復したとみえて、去年大きな実を一個だけ付けたのがまだ生っている。
今年はつぼみをたくさんつけて、咲き始めている。
もうじきいい匂いがしそう。

この昆虫館ができる前、庭に大きなレモンの木があった。都の浄水場を見学した時もらった肥料をやったら、三百個以上も実を付けたことがある。



レモン トタン屋根に落ちたら穴が開くと言って、近所の人に叱られたぐらい、大きな実であった。
もちろん、本来はアゲハの餌である。それが大きくなりすぎて、枝葉を伐ろうにも、高枝鋏がないと手が届かないぐらいになっていた。
昆虫館を建てるに際して、他の食草、食樹と共に伐らざるを得なかった。
庭が欲しいが、固定資産税はこれ以上払いたくない。



5月1日 ~ 不忍通りの草刈り ~
池之端 いつものとおり、昆虫館の帰りにわざとバスを一停留所乗り越して池之端一丁目で降りる。
予想が当たってしまい、草地がきれいに刈り取られ、辺りはカラカラに乾いていたが、なぜかリュウノヒゲはびっしりと植えられている。
キク科の雑草にベニシジミくらいは来ると思っていたのだが、残念である。
がっかりして池に面したベンチに座る。足元にスズメがちょんちょんと寄ってくる。



池之端 「何もくれないんですか?」
「うん、役所の人に叱られるからね」
「じゃあ草の種でガマンします。でもお米が食べたいなあ」
「舌を切られるよ」と言ったら、あわてて飛び去った。







4月29日 ~ まるごと高知 ~
可盃銀座一丁目の高知県アンテナショップの二階にある「おきゃく」という名の土佐料理の店で昆虫館のボランティアスタッフと会食。
皿鉢料理に大杯で日本酒の回し飲み、カツオのタタキにウツボのタタキ、オカメとヒョットコとテングの面を象った可盃(べくはい)遊びもして高知式を一通り堪能した。
ゲストにカブトムシゆかりさんにお越しいただき、話もはずみ酒も進み、気が付けば閉店時間間際だった。

4月28日 ~ ボンドガールに遭う ~
文化放送の浜美枝さんの番組に呼んでもらう。二週分収録。
往年のボンドガールはあいかわらず綺麗だった。いわゆる小顔で、プロポーション抜群で。
お会いするのはこれで三度目だが、自分が大学生の時、この女優さんと直接話をする機会があろうとは夢にも思わなかった。
4月23日 ~ 京大総長のシルヴァー・バック ~
代官山の蔦屋書店イヴェント。山際寿一先生の『サル化する社会』と小生の『虫から始まる文明論』の宣伝対談。
山際さんはさすがに魅力のある方で、ゴリラやチンパンジーなど類人猿の話はもちろんのこと、ほかで聞けない話も色々聞くことができた。
観察地点の高地から少し低地に降りてくるとゴライアスオオツノハナムグリなどのめずらしい昆虫もいるのだそうだ。
ダニの大群には大変難儀をされるそうだが、悠然と滑空していくザルモクシスアゲハは言葉をなくすほどうっとりするとおっしゃっていた。
しかし、こういう方の貴重な時間がこれから京大総長として出席する会議のために失われることになるのは、なんだかもったいない気がするが、
そういいながら自分はこの対談前にたっぷり2時間も先生と喋ってその時間を浪費したのだった。
4月19日 ~ 池之端事情 ~
池之端 都バスに乗って、千駄木から不忍通りを通り、池之端一丁目で降りると、交番の横あたりに、草がいっぱい生えている。
日当りがいいのだろう。今はカラスノエンドウとか、赤い外来種のヒナゲシに似てはいるがやや貧乏くさい”ヒナゲシモドキ”とでも名付けたいようなケシの花が咲いている。
田舎だったら、ヨモギ摘みに来る人もいるかもしれない。ちょうどクスの若葉が伸びる頃で、落ちたばかりの枯葉が散らばっている。
雑草とはいえ、こうして茂っているのはいい景色だと私などは思うけれど、どうせもうすぐ刈られてしまうことになる。あのモーターで回転する草刈機が普及してから、ほんとうにきれいに草が刈られるようになった。

池之端 私としては一つ手前の池之端二丁目で降りたほうが家が近いのだが、この草はらが楽しみで、ひとつ乗り越すことにしている。先週までは八重の「関山」という桜が満開で、皆、スマホで写真を撮っていた。 カモメがもの欲しそうに杭に止まっているが、これにも餌をやってはいけないことになっている。
自然を乱してはいけない、ということなのだが、その割に工事はよくする。不忍池のこのあたりも、すっかり護岸工事がほどこされて、トンボは少なくなったし、春先のオタマジャクシも見られなくなってしまった。

4月11日 ~ トリバネアゲハ ~
トリバネアゲハ夏の展示会のために、昆虫館2階の収蔵庫の標本を整理し、簡単な説明と産地の地図を付ける作業をしなければならない。
トリバネアゲハ、キシタアゲハから始めたが、我ながらずいぶん蒐めたものとあきれるような気持になる。今はもう入手しがたい標本がたくさんある。
梅田さんと二人、何時間も奮闘するがあんまり進まない。
カビの生えた蝶の触角をどうしよう?とれかけた尾状突起をどうしよう?


4月10日 ~ D坂殺木事件 ~
イチョウ2週間前ほど前、ひとりで昆虫館にいると、”ヴーン”と、マナーモードのケータイが鳴るような音。
「ン?」と思って机の上を見たが、ケータイの音ではない。
窓の外を見ると、巨大な重機のバケットに人が乗っている。ヘルメットを被ってチェーンソーを持っているではないか。イチョウの大木を伐っているのだ。
ロープをかけて手際よ輪切りにしていく。秋になって黄金色に輝く姿が神々しかったが、まわりの人は皆、落ち葉の掃除が嫌いらしい。
伐るのは簡単だが、育つのは五十年も百年もかかる。




3月8日 ~ 誕生会 ~
3時からファーブル昆虫館で小生(奥本)の誕生会。今回で71回目の啓蟄を迎えた。せいぜいいたわってもらいたい。昆虫館も10年目に入る。めでたし。
小檜山先生が昆虫超拡大写真の中身(コンテンツ)を更新してくださる。この機械を「拡大君(カクダイクン)」とでも名付けるか。もっといい名前はないものか?
3月7日 ~ スカラベ句会 ~
この会もこれで3年以上続いている。俳句は少しもうまくならず。句会のあと飲むだけが楽しみなり。今日も全員で、動坂交差点の動坂食堂に行く。句会のメンバーは、皆、よく食べてよく飲む。
二次会は団子坂の「アンバー」へ。石榴のカクテルを飲む。
1月25日 ~ 虫から始まる文明論 ~
ゴホンツノカブト朝、日経新聞を開くと、文化面の福岡伸一さんの連載「芸術と科学のあいだ」が目についた。
「虫の模様に見る文化の起源」というタイトルである。カラーでアグリアスとゴライアスオオツノハナムグリが出ている。
その趣旨は、たとえばアフリカの虫にはアフリカの虫の色と模様があり、南米の虫には南米の・・・という話で、人間の文化もその起源をたどると、自分たちの暮らす風土に対する敬意=オマージュとして成立したということであった。
これは、私がこの数年来講演などで喋っていることと同じで、大いに意を強くした。
その本はこの三月頃に『虫から始まる文明論』という表題で出ることになっている。
1月24日 ~ 講演会の準備 ~
昆虫館で、明日の講演会の打合せ。パワーポイントで映す虫や植物の写真を選ぶ。
昔ならスライドを並べ替えたりするだけで大変だった。地方の公民館などで話をする時は、スライドを持って行って、早めに会場に入り、セットするのに時間がかかった。
映し始めてもピントがなかなか合わなかったり、電灯の光が弱くてぼんやりとしか見えなかったり、窓の暗幕から光が洩れたりで、なかなかうまくはいかない。
ピントを合わせ、映写幕の大きさに調節するのに映写機の下に台を置いたりするのだが、照明の熱でスライドがペコンとふくらんだりしてピントが狂ってしまう。
指で画面に触ったところにカビが生えて、それがひどく目立つ、などということもあった。
今はメモリーカード一枚を持っていけばそれで済む。しかしそれでもたまにパソコンの機嫌が悪いとか、ケーブルが違うとかで、話が始まるまで半時間も、もたもたすることもある。
もう十年も前になるか、ある講演の際、係りの小学校の先生に、「スライド映写機、今もありますか」と訊ねたら、
「棄てました」
と、一言だった。
1月17日 ~ 箱の中身はなんだろな ~
スタッフ5人で昆虫館3階の整理。
”展翅・展脚中”と書いた紙の貼ってある発泡スチロールの大きな箱。「何が入っているんだろう?」スッカリ忘れている。開けてみなければ分からない。
開けてみるとタニンバル産のコガネムシや大阪産のオオクワガタ(但し飼育品)が出てきた。
「このままにしておいたら虫がつく」と言いながら、針をはずし、ドイツ箱に移していると、案の定、標本の下に黒い粉が落ちている。コナムシの仕業である。
空き缶に標本を写し、酢酸エチルを浸みさせた綿を入れてセロテープで封をする。
やがてこの缶のこともまた、何が入っているか忘れることだろう。
1月4日 ~ なんとなく 新年会 ~
ファーブル館にて新年最初の集まり。いつものとおり、梅田尚美さんが手料理を持ってきてくださった。
チキンロール(八幡巻き)、筑前煮、お煮しめ、鯛飯、ナマコ酢。これだけそろうと、お正月というよりは田舎の結婚式の雰囲気。
金屏風のかわりにモルフォチョウとタマムシの張り混ぜでも立てたいところだ。話題は、しかし、真面目に去年の反省と今年の抱負。
年の暮れになって慌ててファーブル会の会費納入のお願いをしたばかりだったが、さっそく大勢の方が送金してくださった。反省を込めて感激。
養老先生なぞは、いつまで払っていたか、ご自分で調べて三年分送ってくださったのであった。今年からはきちんと記録しよう、と誓い合う。
今年もファーブル会をよろしくお願いします。
12月23日 ~ 昆虫食について ~
これからの全世界規模の人口爆発に対処するには、昆虫食を普及させるしかない、と私は思う。今でも東南アジアなどでは、昆虫食が盛んだが、タガメにしてもゲンゴロウにしてもナンバンダイコクにしても、贅沢食品としてならともかく、大量に捕まえるのが大変で、日常食品にはなりにくい。
従って、昆虫食普及のためには、養殖するのがいいであろう。特に、中東のステップなどで大発生をするサバクトビバッタが有望のように思われる。育つのが早いし、飼料としては、ススキのようなイネ科の雑草で十分のようである。
そもそも、動物性タンパクを得るためには、従来の家畜・家禽の場合、長い飼育期間が必要である。ウシなら数年、ブタなら数ヶ月、トリでも半年はかかる。それに対してバッタなら最短数週間で食べられるようになる。その場合、虫の形が嫌というなら、粉にしてしまえばいいのである。今はインスタント食品製造の技術が発達しているから、フリーズドライなどの技術がある。それに大豆タンパクなどを混合し、繊維質を混ぜ、例えばビーフ味のハンバーグを作ることは難しくはないと思われる。
12月21日 ~ インスタント昆虫食? ~
ヤキソバヤキソバにゴキブリが入っていた、と新聞に大きな記事が出た。
インスタントのソースヤキソバは旨いもので、昼でも深夜腹の空いた時でも、買っておくと重宝する。
メーカーでは、大量の製品を回収し廃棄したうえ、製造工場も改装するのだそうだ。
来年の三月に出版予定の拙著『虫から始まる風土論』にも書いたが、クッキーやインスタント麺などに虫が入っていたぐらいでこんなに大量の商品を廃棄するのは、日本だけではないか。
アメリカでも、毛の生えたメイガの幼虫がクッキーなどから発見されると、その毛が人の喉に立つというので、工場では大量に棄てるらしいが、ゴキブリの場合はほとんどそういう、喉に毛がささるというような実害がない。
ソースヤキソバでも「エビ入り」というのがあるけれど、生物学的にはエビとゴキブリは、まあ、近い動物である。
要は意識のモンダイで、近い将来、食糧危機が来たら、「昆虫入りソースヤキソバ」が売り出されないとも限らない。
12月13日 ~ 十一月二十二日からの柿地獄 ~
前記事の最後で触れた、千駄木小の柿の木の大木。今年はあたり年らしく、それこそ、枝もたわわに実が生っている。
「誰か取らないんですか」
と聴いたら、毎年ボタボタ落ちる熟柿の掃除に困っている、という。
それで我々の仲間で収穫することにしたら、二日間の重労働の末、軽トラックにいっぱい取れた。
さて、これをどうするか。ご近所に配っても、知り合いのツテを頼って押し付けても減らない。
安達さんが段ボールに入れて親しい八百屋さんに持って行ったら、甘い蜜柑が段ボールいっぱい返って来た。やっぱり減らない。
それで皮を剥いてミキサーにかけることにした。ドロドロのスムージーみたいなやつをショウチュウで割ってみると、なかなかイケます。
柿剪定生ハム柿
これはいいやと、どんどんジュースにして、冷凍することにした。シャーベットもとてもうまい。ライムなんかを搾ってみてもいいかもしれない。
しかし、冷凍庫もたちまちジュースを入れたジップロックで満杯になった。冷凍庫には虫が入っている。虫を少し整理してスペースを作り、また柿の皮を剥く。腐ったものは棄てる。
この作業が二週続いた。もう柿は来年までいい。
11月15日 ~ クヌギの剪定 ~
朝九時に昆虫館に来たら、安達さんと田中博さんがもう来て作業着に着替えていた。ヘルメットを被り、地下足袋を履いてすっかりサマになっている。梅田さんも着いた。
植木屋さんはもう作業にかかる準備ができている。
今日はファーブル館のクヌギの枝払いである。私としてはこのまま放っておきたいのだが、枝葉が落ちると近所の迷惑になる。
木の下に立って通行の人達に「すみません、枝払いをしています」と声をかけ、頭を下げる。
結構たくさん人が通る。胸にカードをぶら下げている団体風の人達が三々五々通る。これから巣鴨の方にまで歩いて行くらしい。合計すると何十人にもなるだろう。
落とした枝葉を軽トラック一杯分、すぐ近くの千駄木小学校まで運んで積み上げ、腐食土にする。去年の分はすでに土に還りふかふかになっている。
ここで発生したハナムグリやカナブンがまた館のクヌギの樹液を吸いに来るという寸法で、この作業はもう五年続いている。
クヌギ剪定クヌギ剪定クヌギ剪定
千駄木小に大きな柿の木が二本。今年は当たり年らしく、赤い実が枝もたわわに生っており、熟柿にヒヨドリが来てつついている。
だから甘柿だろうと少し失敬し、昆虫館に持って帰って剥いてみるとそのとおり、うまかった。
四人で動坂食堂に行き、昼食。作業のあとのビールはやはりうまかった。
11月9日 ~ ゆかりの・・ ~
奥本 「千駄木ふれあいの杜」、つまり太田道灌ゆかりの庭園の手入れを、我々日本アンリ・ファーブル会の仲間でやっているので、私もときどき手伝う。
といっても伐り落とした枝をノコギリや枝伐り鋏で細かくする程度だが、ヒヨドリの鳴き交わす声を聞きながら手を動かしていてときどき思うのは、西洋の都市、たとえばパリの街中に、こんなに旺盛に植物の繁茂している場所があろうか、ということである。
ロンドンには素晴らしい公園があって、オークやニレの大木がそれこそ亭々とそびえているけれど、芝生が造ってあって手入れが行きとどいていて、密林という感じはしない。パリの公園は樹木が幾何学模様に刈り込まれ、花壇があって・・・と完全に人間の管理下にある。
その点で日本の植生は強いというか、しぶといというか、放っておけばすぐ、蔦(つた)や葛(かずら)の生い茂るジャングル状態になる。藤蔓や葛(くず)の力は大変なものであって、数年で、それまで生えていた木をがんじがらめにしてしまう。
ゴルフ場も放置すればまたたく間に疎林になる。
日本にも、西洋風のあっさりとした自然が好きな人がたくさんいるし、スイスなどの、チョコレート詰め合わせの箱の蓋に描かれているような風景を見て「まあステキ!」という人は多いだろうが、実を言うとヨーロッパの風景は大抵、何千年にもわたる過放牧と耕作によって搾取し、飼いならされた自然である。
気温と雨と日光に恵まれた日本の自然の力強さこそが日本全体の活力の大本なのである。

カブトムシゆかりさんところで先日、ファーブル写真会が開催された。ファーブル館内に展示している生態昆虫写真を撮られている会員の集まりである。
いつもは男性ばかりなのだが、この日はかわいらしいゲスト、カブトムシゆかりさんの参加があって、フォトサロンも華やかになった。
手に持っているのはゆかりさんゆかりということでもないが、「かぶとむし」という銘柄の日本酒である。近藤さんが用意していたらしい。
写真やカメラのこと以外も話題にあがったが、彼女は、飼育している昆虫を標本にせずに庭に埋めるのだそうだ。
めずらしい外国産のカブトムシであったとしても例外なく。
いかにももったいない話なので、今度はぜひ標本作製教室に参加してくださいと指導しておいた。
10月26日 ~ 沈黙の秋 ~
10月12日、安達さんと近藤さんと山下さんと、上野の蓮根専門料理店、つまりレンコンばかりをあれこれ料理して食わせる店で飲んだあと、もう少し飲みたいと思ったが、まあ、明日もあるからと我慢して、
池底の泥の中に蓮根のいっぱい埋もれているはずの不忍池の傍らを歩いて帰った。
もう秋も終わる。台風も来襲した。今は夜の9時頃。
涼しい、というか肌寒いくらいの気候の中、池の畔を歩いていると、何だか物足りない。妙に静かなのだ。
「虫が鳴いてませんねぇ」
と安達さんが言った。
そうなのだ。この夏、代々木公園で蚊に刺された人がデング熱に感染してから、東京の目立つ公園で薬をまいたのだった。
「コオロギが鳴いているはずなんだがなぁ・・・」
そう言えば、サクラの樹上で鳴いているはずのアオマツムシも鳴いていない。これは薬のせいではなく、発生の波があるからだろうが、とにかくこの「サイレント・オータム」は寂しいと思った。
もうすでに冬はそこまで来ているのかもしれない。
10月19日 ~ 所信表明 ~
素晴らしいニュースがあった。
かねてから日本アンリ・ファーブル会として、「三井物産環境基金」に助成申請をしており、その提案は、「昆虫を通して、都市の生態系を復活させ、ナチュラリストを育成する」というものであって、それが見事に採択されたのである。
この1年間、申請書作成のために我々は毎週々々、会議を重ねてきた。その過程で日本アンリ・ファーブル会とはいったい何を目的とする会であるのか、あらためて根本から考え直すことにもなった。
そもそも我々には、どこに出ても恥ずかしくない、正しいことをやっているという自負があった。しかし、それがともすれば独りよがりになり、他の人達から見れば、
「ただの虫好き人間が集まって昆虫採集をしたり、見せびらかしあったり、おしゃべりをしているだけじゃないの、何をエラソーに」
ということになりかねない。
だから、具体的に何をやるか、実効性があり、かつ持続可能性のある活動について細かく提案をした。そうして、約束したことを地道に着々、黙々と実行していくつもりである。
-と、私としては珍しく真面目な文章を書いた。
10月4日 ~ 灯火親しむ虫 ~
先日の丹沢での夜間採集は、夜間採集としては不漁といわねばならないが、小型の甲虫やヤガぐらいの虫はまあまあ来た。
上野池之端の自宅にこんな大きさの虫はめったに来ない。もし来るのだったら、うちのフクロモモンガのツッピーのおやつにこと欠かないであろうに、と思う。
昔の話だが、昭和三十年代、大阪の田舎では、夏の夜、網戸の外に水棲昆虫が、それこそ一升マスで掬うほど飛来したものである。
風呂の焚口の外に防火のために水が張ってあったのだが、そこにいつでも、ハイイロゲンゴロウなどが泳いでいた。炭火の明かりに飛んできてポチャリと水に落ち、そのまま居ついたらしかった。
その灯りにはクチバスズメやクスサンなども来た。なにしろ周囲が暗かったのである。
その頃、田んぼに設置された誘蛾灯には、ウンカばかりではなく、蛾もカブトムシもわんさと来ていた。
農薬以前と農薬以後とに、日本の、そして世界の自然環境を分けることができるにちがいない。
9月27日 ~ 過食症? ~
秋分の日は、サンケイプラザでインセクトフェアが開かれる。私もこの日のためにシコシコとヘソクリをためてきた。
大枚ウン十万円を懐に、勇躍大手町に向かう。
インドネシアの巨大コロギスがあった。何という巨大さ!このオバケコロギス「リオック」はゲームのキャラクターにもなっている。もちろん買う。
ゴライアストリバネアゲハのティタンという亜種の見事な大型ペア。雌の前翅の真っ黒なのと、薄く霜降りになったのと、両方のペアを値切って買う。
昔の値段を考えると、値切ったりしたらバチが当たる。アロッティトリバネアゲハ(72万円)はさすがに手が出なかった。
かわりに台湾産の白いアゲハモドキをいくつかと、その他腹いっぱい買う。自分は買い物依存症か。この満足感は何物にも代えられない。

神田の鮨屋で昼食会。ザ・クロマニヨンズの甲本ヒロトさん、カブトムシゆかりさん、ムシモアゼル・ギリコさんなど、最近知り合いになった方々と楽しく飲む。
何度見ても今日はゆかりさんの背中にオオミズアオの羽根が付いていなかった。どうやらあの羽根は取り外しができるらしい。
買い物もお寿司も腹いっぱいになったはずなのに、また会場へと出陣した。
9月19日 ~ 救助のススメ ~
午后、昆虫館の三階に入るとバタバタと音がする。天井近くの窓で何かが暴れている。
スズメだ。換気のために開けていた廊下の窓から入り込んだらしい。
一階に降りて、補虫網を取ってくる。スズメは気配を察してよけいに激しく暴れ始めた。
それにしても網というのは、何と便利な道具であろう。気体と液体と固体をみごとに分離する機能を持つ、人類初期の大発明である。
しかしながらその優秀な道具をもってしても、スズメは窓から窓へ、こっちの善意を無視して飛び交い、なかなか捕まらない。
と、天窓のあたりからくるりくるりと、たとえて言うなら翼果が降下する様子をスローモーションで見ているように、白っぽい大きなチョウが舞い降りてきた。
いつか逃げたオオゴマダラが窓枠の、下から見えないところで息絶えていたのがスズメの羽ばたきの勢いで掃き出されたのだ。

それでもやっとスズメを捕まえて水を飲ませ、逃がしてやった。大きな成鳥のようであった。
煤けていたのでスズメならぬススメである。
9月15日 ~ ダヴィッドオオカミキリ ~
御茶の水駅から電車に乗ったはずだが降りてみると見知らぬ駅だった。 日暮里からひとつふたつしか離れていないと思うのに駅名の表示がない。
駅を出ると広場があって、意外に緑がある。広場を突っ切ったところに古い大きな旅館があって、何故かそこに通される。
その玄関に団体客がいてそのひとりの女の人が古い本と、カミキリムシの標本を手に持っている。
そのカミキリムシの大きいこと! シロスジカミキリかクワカミキリを巨大化したように見えるが、もっとずっと大きくて、その大きさは尋常ではないのだ。
ウォーレスシロスジカミキリよりももっと大きい。
体は全体に平たくて、肩が張っていて、その肩のところに黒いゴマ斑がある。台湾のダヴィッドオオカミキリ(オオシロスジカミキリ)に似ているけれどもっとずっと大きいのだ。
古本の著者は戦前の昆虫学者だが、私の知らない名前だった。
夢が覚めてからも、つくづくあの巨大カミキリの標本は欲しいと思った。
(出典:学研の図鑑「世界の甲虫」)
8月23日 ~ 高尾山夜間採集 ~
夕方、高尾山のケーブルカー駅で待ち合わせて夜間採集。人は多いが虫は少ない。はやっているのはビアホールばかり。 虫のいない、暗い山道の舗装道路を、山頂の方まで歩く。いろいろなグループ、カップル、単独の人。
真っ暗な山道を人がぞろぞろ歩いている。祭りの宵のようでもあるが、時々人通りがとぎれると、とたんに寂しくなる。 考えてみれば、恐い状況でもあって、皆がこんなに安心しきって夜道を歩いていける国は世界中探してもそんなにないはずである。
日本人の若者が外国に行って、あっというまに殺されたりするのは、こういう日本に育っているから、という気もする。

安達さんが、シロスジドクガの♀を採る。立派な目立つ蛾で、♂と♀とでまったく違う。昔は雌雄で別種にされていたそうだ。
それでも、ミヤマクワガタなど、ぽつぽつ採れる。8:45のケーブルで下山し、解散。
それからあとは住んでいるところのグループに分かれて二次会。

8月29日、夕方六時半、池之端のマンションに帰り着いたら、ツクツクボウシとアオマツムシとが同時に鳴いていた。
こんな体験、私ははじめて。
8月16日 ~ 千駄木五丁目のルリタテハとジオラマ教室 ~
昆虫館の前の道で、慌てて飛んでいくルリタテハ発見。しばらくたたずんで見送る。駒込病院の方向に飛び去った。
ルリタテハは一週間ほど前にも、昆虫館より下の不忍通りでも見ている。最近、ホトトギスがよく植えられているから、それが食草になっているらしい。
去年は昆虫館のブッドレアにアカタテハが来たことがあるし、テングチョウも見かけた。
お隣りとの境のブッドレアは、先日の台風で根元からぼっきり折れた。道をふさいで困っていると安達さんが処理してくださった。ありがたきこと也。

今日はファーブル昆虫館でジオラマ製作教室が開かれた。 ジオラマ(ディオラマ)は、十九世紀のフランスで流行った見世物で、のぞき穴から眺める形式。
クリミア戦争の光景などを、実物に模した人形や物に、上手く光線を当て、遠近の感覚を強調した。 見世物として、ジオラマとパノラマが競争したとか。
虫のジオラマは、クワガタなどに針を刺さず、樹皮に止まらせたりして自然の状態を復元するもの。感じを出すにはセンスとコツがいる。
8月9日 ~ 7月の一泊採集会のこと ~
7月5日から一泊で、裏磐梯の曽原湖という小さな浅い湖の傍のホテルに、ファーブル会有志の集まり。
いい環境だが、湖のまわりはマイマイガの毛虫が大発生。バラ科の旨そうな木の葉のみならず、水辺のアシまで食い尽くす感じ。
それが充分に成長せず歩き回っているのはスミチオンを散布したから、らしい。
ホテルのベランダにも毛虫が這いまわっているから、虫嫌いのふつうの客なら「キャーッ」というところだが、我々はもちろん平気である。
マイマイガの幼虫は、たしか英語で"ジプシーモス"と言ったと思う。
かつて南仏の、軍隊の射撃場で、同じように大発生しているのを海野和男さんと見たことがある。
食害されていたのはセイヨウヒイラギガシで、葉をすっかり食い尽くされていた。
その地面に黒い塊が落ちていて、動物の糞かと思ってよく見ると、キラキラ輝く甲虫の鞘翅がその中にいっぱい混じっていた。
マイマイガの大発生にニジカタビロオサムシが集まってきていて、それを食べたキツネの糞か、フクロウの吐いたペリットらしかった。
8月1日 ~ カブトムシゆかりさんとトークショー ~
トークショーに出演するため、東京スカイツリータウンで開催中の「大昆虫展」へ。
子供の質問に対するゆかりさんの答え方の上手なことに終始感心しきりであったが、
小生もがんばって(叱られるかもしれないと思いながら)、
「そのスカートはもっと短く進化するんですか」などと思い切って恐ろしい質問をしてみると、
「そうですね、ワカメちゃんになるかもしれませんね」とこれまた上手に受け流しながら、
ゆかりさんはくるりと後ろを向いて見せ、「背中はコーカサスオオカブトなんですよ」などとサービスしてくれた。
コーカサスオオカブトだけではなく、シンガポールで手に入れたというオナガミズアオらしき翅もついている。
妖精風でよく似合う。

即興で昆虫クイズを子供たちに出したり、子供たちから昆虫についての質問を受けたり、
コスタリカでハムシの新種を発見した西田氏に会った話などをしていると20分はあっという間に過ぎた。
ゆかりさんのコスタリカ行きの話はNHKテレビの「ダーウィンが来た!」で放送されるそうだ。
楽しみである。

(* カブトムシゆかりさんが出演する「ダーウィンが来た!SP”ミラクル・スピーシーズ いざ出発!新種発見の大冒険へ”」は、
8月6日午後7時半からNHK総合で放送されます ※8月31日に再放送も予定されています)
7月1日 ~ 雑誌ブルータスのロケ 箱根 ~
BRUTUS(マガジンハウス)のロケのため、箱根にある養老孟司さんの別荘に行った。
8月号のアウトドア特集に載るそうだ。
箱根の山に入ると直ぐに雨が降り出し、午前中は本降り。皆、腰が重い!

一緒に来てくれたスタッフのアダチさんがスマホで天気のチェック。ポイントの辺りは降っていないという。
スマホでピンポイントでの雨の様子が分かるのか半信半疑だったが、到着時には雨は上がっていた。
見事にヤマボウシの花が咲いているポイントでは、多数の尺蛾が迎えてくれた。
雨粒の落ちる中、しばし虫採りに熱中。ゾウムシやハムシなどを毒ビンに収めた。


やはり虫採りは楽しい(^0^)/☆☆☆

昼食はパレスホテルで。

養老山荘に戻ってザ・クロマニヨンズのボーカル、甲本ヒロトさんと合流した。


昆虫少年だったそうで、沖縄で道路に落ちていたセミの幼虫を指にとまらせ2時間眺めていた話や、ゾウムシに出会えて感動した話などを聞かせてくれた。

今日は、いつもの雑談と虫の話ばかりであったが、アウトドア特集ではどう仕上がるのか楽しみである。
6月24日 ~ 「100分de名著」テキストの打ち上げ ~
NHKテレビテキスト7月号が発刊された。
その打ち上げで、副編集長と編集の方、ライターさんと動坂下にある店に行った。
「動坂食堂」下町感と、品数の多さ、もちろん味も良い。

これだけの本を、この短期間で作りあげてしまうとは驚くばかりである。
6月20日 ~ 「千駄木ふれあいの杜」懇親会 ~
最近「千駄木ふれあいの杜」を守る会のお手伝いを始めた。まだ1回しか手伝っていないのだが、今日は総会後の懇親会にお邪魔することとなった。
こちらからは地元にいるスタッフ、竹内さんと安達さんとの3人。
こういう活動にはいつもネックとなる問題があるのだが、ここにもあった。・・別に驚きもしないが。
6月19日 ~ NHK-ETV「100分de名著」の収録2日目 ~
NHKの『100分 de 名著』2日目の収録に向かうため、池之端から3人でタクシーに乗り込んだ。
梅雨の晴れ間で雲一つない快晴。窓越しに見える虫を気にしながらの道中、皇居のお堀の廻りには多くのコシアキトンボが飛んでいた。多分未成熟の雄であろう。
4時過ぎまでの収録は無事に終了。武内アナ、伊集院さんにもブログ用の写真を1枚撮らせていただいた。
放送内容に関しては放送後に改めてお話しするので、しばしお待ちを。
後ろのボードには「死は終わりではない、より高貴な生への入り口である」とある。

放送日は7月2日(水)PM11:00〜11:25 ETV(NHK教育テレビ)から4週連続。
6月16日 ~ 蝶屋にて ~
蝶屋(てふや)からのお誘いで目白まで。能楽狂言方大蔵流の山本東次郎先生、歌人の馬場あき子先生がお見えになり、しばし虫談義。
昆虫館から墨と筆を持参した甲斐があり、貴重な書を書いていただいた。

6月14日 ~ インドネシアのフクロモモンガ ” ツッピー ” ~
夜、昆虫館から帰って玄関をあけると、まだ9時過ぎなら、双子の少年AとB(7歳)が「おかえりー」と走って来ることがある。
それは大抵、勉強させられている時で、そうでなければ、テレビかゲームの画面を見つめながら、きわめておざなりに「おかえり・・・・」という。
AとB、と仮に名づけたが、別に優劣をつける意味ではない。何ならイ、ロでもよい。
11時を過ぎていると、皆寝静まっているのだが、居間の方でカタコト音がする。フクロモモンガが起きて籠をゆすっているのである。
この、シマリスを小さくしたような小動物は完全な夜行性で、昼はずっと檻に引っかけた布袋の中に入って眠っているが、夜の9時頃になると起きてきて、籠の中を右に左に跳びまわっている。
籠がもっと広かったら体側の膜を使って、日本のモモンガとそっくり同じに飛翔するところだがうちは狭いので、お気の毒。
カタコトゆするのは、私が帰ってきたので喜んでいると思いたい。果物でもクッキーでも何でも食べる。人間の手を小さくしたような手でつかんで食べるところは可愛い。
しかし一番の好物はコオロギであって、紙コップの中のコオロギがカサコソいうと、俄然、目の色を変える。
天使のような顔のまま、そのかわいい手でコオロギをワシヅカミにして、生きたまま頭からかじるところは見応えがある。じっと見ていると「何か?」という表情でこちらを見返す。
食べている時は夢中で、私への感謝の気持ちはあまり感じられない。
6月7日 ~ ファーブル会スタッフ会議 ~
環境整備助成基金に応募するため、ここのところ毎週スタッフが10名ほど集まり会議を開いている。
いよいよ大詰めで皆気合いも入り、今日も半日をそれに費やした。
会議終了後の反省会をしつつ、プログ用に何か書こうとペンをとる。

最近昆虫館に常備している発泡酒は、「クリアアサヒ」と「麦とホップ 黒」である。両者を混ぜてハーフ・アンド・ハーフにする。
ワインはイタリアの定価は2,000円位の白と赤。ちょっと贅沢だが──。
焼酎は「えんま」とか「黒霧島」とかいうのがなぜか本棚に乗っているのが見える。
他方、目の前の机の上に見えるのは、今日、高橋さんが持って、いや同行した”ニシアフリカトカゲモドキ”だ。
さっきからそろそろと這っていたが、積み上げた本の間に落ち着いているところを見るとけっこう可愛い。
もうすぐ脱皮するという。

反省会用に近藤さんが今日持ってきた日本酒は”チカーラ”という。
”Cicala”と書いて、ラベルに蝉の絵が描いてある。
冷やして飲むと酸味がきいて、あっさりとしていて、湿度の高いこの時期にぴったりの酒である。ラベルは捨てたくない。
銘柄の話に戻るが”Cicada”ならラテン語。”Cigale”ならフランス語だ。
これイタリア語なんですか?
cicala   (先生、おっしゃるとおりイタリア語です──近藤)
6月5日 ~ NHK-ETV「100分de名著」の収録 ~
NHKで「100分de名著」の収録があり、10時にNHKスタジオセンター。安達さんと2人で行ってきた。
司会は伊集院光氏と武内陶子アナウンサー。紹介する名著はもちろん『ファーブル昆虫記』。
武内アナは、昆虫館が建つ前にあった古い日本家屋にインタビューに来られた方で、しかもその時のディレクターも今回と同じ人物だという。
当時は、畳の部屋に重みで畳が沈み込むほど標本箱が積んであり、庭にはクヌギをはじめ、カラスザンショウ大木2本、エノキ、アラカシ、ブナなどが暗くなるほど茂っていて驚かれたそうだ。
それにしても、NHK職員が1万人もいる中で、こういう具合に同じメンバーが重なる確率はいくらぐらいでしょうねえ。という話になった。
放送前なので詳しくは話せないが、ファーブルの生涯について紹介していく。
同時にNHK出版でテキストも造る。驚くべき速さなり。

放送日は7月2日(水)PM11:00〜11:25 ETV(NHK教育テレビ)から4週連続。
6月3日 ~ 「千駄木ふれあいの杜」土留め作業 ~
「千駄木の森を考える会」の木村会長・東京芸大名誉教授で農学博士の小川氏・谷根千工房の山崎氏・植木職人の郷田氏と、当会からは私を含む6名で千駄木にある屋敷杜の土留めの作業を行った。
今年の2月に降った大雪で折れた枝の処理が中心であるが、樹齢何百年かのスダジイの倒木や、他の枯れ葉や枝も放置しこの森の中で自然に還すという。

6月1日 ~ 日本アンリ・ファーブル会総会 ~
NPO日本アンリ・ファーブル会通常総会無事終了。ただちに懇親会となる。
最近の虫の学会、同好会でこれほど和気藹々としたのは珍しいそうだ

5月27日 ~ J-wave「The HUMAN」インタビュー ~
六本木ヒルズにあるラジオの放送局に録音に行く。相手をしてくれるのは西尾由佳里さんという方。スタジオでご本人に会ったら、いつもテレビで見ている人だった。
顔は知っていても名前は知らない。こんなことなら色紙でも持って来るんだった、と思ったがもう遅い。放送局のパンフレットにボールペンのサインをもらって昆虫館に飾っておくことにする。
ファーブルの生涯について、『昆虫記』の中身について50分ほど話す。2回に分けて放送するらしい。一応台本はあったが、好きなように喋らせてもらう。
6月1日はアンリ・ファーブル会の総会である。NPOともなれば3年間の収支報告書とか活動報告書とか、そろえておく数が大変だ。
正会員の皆さんから出欠の返事をいただく。こういうハガキでも出すのはめんどうなもので、きちんと送って下さるのはありがたい。

朝日小学生新聞のファーブル先生の昆虫教室も8回目が出た。書きためた分にどんどん追いついてくる。

スタジオは六本木ヒルズ森タワー33F。「アンリ・ファーブル」の生涯にスポットをあてた内容。
パーソナリティーは西尾由佳里さん。
放送予定:6/22(日)20:00~ (J-wave)
5月26日 ~ 『完訳ファーブル昆虫記』第9巻上(集英社)が発刊 ~
9巻上には「ニュートンの二項定理」とか、独学で数学を学んだファーブルの想い出話が出てくる。そのときに、数式を使うと読者が困るだろうというので、彼がそれを使わず話を進めている。よけい話が解りにくくなっている。
数学の用語なども、十九世紀と今とでは違っているので、そこを補うのに、数学者の方々のお力を借りなければならなかった。おかげで解りやすくなったように思う。
御助力に感謝したい。
5月24日 ~ 緑の回廊で幼虫探し ~
ぼんやり考えごとをしていたら、根津一丁目の交叉点で車が急に左に曲がった。
「あ、あーっ、ここで曲がっちゃ困る」
と思ったけれど、タクシーではない、バスなのだから、乗った自分が悪いのである。さっきバス停でも別のことを考えていて、急にバスが来たから、少し早いなとは思ったがとび乗ったのであった。
次のバス停で降りると言問い通りの坂の途中である。目の前のラーメン屋で何か食べていくか、と思ったけれど、腹具合が中途ハンパなのでやめておく。しかし旨そうな店である。
これからファーブル昆虫館に行くところなのだが、別に誰も待っているわけではないから、"最近発見した"例の秘密の抜け道というか「緑の回廊」に寄ることにする。 季節もいいから、実生のカラスザンショウやクスノキ、エノキに蝶の幼虫が付いているかもしれない。
カラスザンショウの大木はあるし、その根元近くには実生の幼木が生えている。エノキなぞは、サラダにして食べられそうな、青々として旨そうなのが茂っている。アカボシゴマダラの幼虫ぐらいいるだろうと思ったが発見できない。
しばらく探したがあきらめてもとに戻り、交叉点に降り、今度はちゃんと早稲田行きのバスに乗って昆虫館に行った。
この七月に放送する100分de名著『昆虫記』のテキスト(NHK出版)の校正刷り一冊分に手を入れることにする。
5月17日 ~ 秘密の抜け道 ~
不忍池畔のマンションに住んでもう八年ほどになるのだが、この建物の裏の方に何があるのか知らない。それでちょっと思い立って散歩に出かけた。
小さな神社の脇から崖沿いに細道がある。そこに「本学関係者以外の立入りを禁止する 東京大学」という札が立っていて、簡単な柵のような、門のようなものがある。
私は"本学関係者"ではないけれど、失礼して入らせてもらうことにする。理学部の塚谷裕一教授の『隙間の植物』(中公新書)の写真展をファーブル昆虫館でやっていることもあるし、まんざら無関係というわけでもあるまい。
崖道に沿って歩いて行くと、プレハブの研究室や宿舎が立ち並び、木がよく茂っている。しかしこんなプレハブの建物、夏は暑くて中に居られないだろう。
カラスザンショウの大木があった。そしてその実生の幼木やエノキの苗木が生えている。これなら、アゲハの類にしても、ゴマダラチョウにしても、幼虫の食物は大量にある。
何しろ本学関係者以外立入り禁止だから、人通りがほとんどなく、寂しい、というより"いい感じ"である。塀の外は老朽家屋やお寺の墓地で、たった数十メートル離れただけなのに、しーんとして 不忍通りの裏とはとても思えない。
ふらふら歩いているうちに言問い通りの坂の途中に出た。右は根津一丁目の交叉点。角は赤札堂である。
その赤札堂の向かい側に「セレーネ」という洋菓子店があって、店の傍、隣りの建物との狭いあいだにカラスザンショウがひょろひょろ生えている。初めて見てからもう三、四年になるだろう。こんなところに誰が植えたのか、ひょっとしてお菓子屋さんが虫屋なのか、と思っていたが、このすぐ裏にカラスザンショウが大木、若木をまじえて沢山生えているのだった。
──と思ったら、目の前に薄黄い蝶が飛んで来た。アカボシゴマダラだった。この蝶はその時その時いろんな別の蝶に見える。今日は飛び古したナミアゲハに見えた。
5月13日 ~ 朝日小学生新聞への連載 ~
4月から朝日小学生新聞の水曜日に連載がはじまった。
「ファーブル先生」としてあれこれ虫について書いているが、本家の「昆虫記」にはでてこないクワガタムシも登場する。やましたさんの虫を擬人化したイラストも素晴らしい。
紙上でファーブル昆虫館やファーブル会のPRも掲載したので、反響も出はじめているようである。
【朝日小学生新聞編集部より】
ファーブル先生(になりきった奥本先生)が子どもたちに虫のあれこれを存分に語る新しい虫連載です。昆虫記に登場する虫はもちろん、あまり登場しない虫についてもスポットをあてていきますよ♪
奥本先生(ファーブル先生)の軽妙で親しげな語り口に、やましたこうへいさんの描くコミカルでゆかいな虫たちの絵が合わさって、昆虫記とはまたひと味違った魅力的な連載に仕上がっています。たくさんの小学生読者にふしぎで楽しい虫の世界を知ってもらうべく、毎週気持ちをこめてお届けします。(朝日学生新聞社 水野)
5月10日 ~ ゴッホの手紙 ~
ゴッホの手紙には余白にスケッチが描いてある。1880年5月25日の日付のある弟テオへの手紙にはオオクジャクヤママユの絵があるのだが、その背中に人の顔が描かれている。
西洋の、昔のカイコの頭部などにも、角の生えた悪魔の顔が描かれたものがあるし、スズメガの蛹にも同じような有髭の老人の顔がある。ゴッホのスケッチもそれと同じである。
ゴッホの別の手紙にはセミの絵がある。寒いオランダで育ったゴッホは、南仏に来て初めてセミという生きものを見たらしい。
しかしそのセミの絵は、いかにも奇怪な、いわば、小さな宇宙人の図のように描かれているのである。
幼少時のエンピツ画などを見てもゴッホという人は、物の形を忠実になぞることの巧みな、いわゆる絵の上手い人であったに違いないが、セミの絵は、はっきり言って下手である。昆虫という不思議な生き物のどこを見ていいか分からなかったのであろう。
その点で日本の彫刻家、例えば高村光太郎などの木彫りのセミとは大違いである。やはり、子どもの頃から見なれていないと、こんな複雑なものは描きにくいようである。
5月6日 ~ テレビ収録 ~
午後からカブトムシゆかりさんの番組を昆虫館で撮るというので私も待機。十秒ほどこの私も出演するのらしい。
標本制作教室も開くことになっている。スタッフ8人で準備。生徒さんの数より多い。
20140506

5月4日 ~ 逃げたインコ ~
動坂公園の交番横のイチョウに、大きな鳥の影が。
「ずいぶん羽が長いな」と思ってよく見ると、インコだった。全身あざやかな緑色でそれに黄色が混じっている。
ワカケホンセイインコぐらいの大きさだが、首に赤い輪はない。もう一羽が来た。雌雄のようだ。
道路を渡ったところにカラスが一羽。しわがれた高い声で鳴いてカラスのいる電線に飛び移り、二羽でカラスを威嚇した。
あとはどうなったか知らない。そのまま昆虫館に来た。

もう十数年も前の正月。ワカケホンセイインコが千駄木の家の庭に来たことがあった。カラスザンショウの枝に刺したリンゴを二口か三口で、シャクシャクと食べ尽くした。
そのクチバシの威力に感心した。
5月3日 ~ アゲハの産卵 ~
動坂下の薬屋で太田胃散を買って昆虫館にたどり着くと、入り口のユズの新芽にアゲハの春型がさかんに卵を産んでいた。
しばらく見ていると、3、4卵産んだところで風が吹いて空高く飛んでいった。
それを見ただけでしばらく気分がよかった。
午後から某商社の環境整備助成基金に応募するための会議。
5月2日 ~ 先生のための虫の研修 ~
東京都教育委員会の方2名来館。小学校の理科の先生のための虫の研修会を光が丘公園で開く準備。
虫が嫌いで、触れない先生が増えているという。
4月12日 ~ ファーブル翻訳者列伝 ~
淑徳大学・池袋サテライトで「ファーブル翻訳者列伝」という講演会を開催。
4月30日 ~ 100分de名著 ~
13時からファーブル館でNHKの人たちと打ち合わせ。
この夏、「100分de名著」という番組に出て昆虫記のことを話すことになっている。
11月9日 ~ 栗本丹洲「虫豸帖(ちゅうちじょう)」と『ファーブル昆虫記』 ~
「東京国立博物館」で講演会をおこなった。
ファーブル館の仲間達も大勢集まってくれた。
7月1日 ~ アゲハの里親 ~
「昆虫館でアゲハのイモムシ分けてもらえるという話を聞いたんですが・・」という電話がかかってきた。
なるほど、幼虫を飼ってみたいが手に入らない、という人もいるのである。
一方でベランダのサンショウやグレープフルーツの葉を食べられて駆除するのに困っている、という人もいる。
「料理用に使おうと思って鉢植えにしているサンショウの葉を丸坊主にされちゃって、しょうがないから箸ではさんで捨てるけど、しばらくすると、また大きな緑色の幼虫がせっかく伸びた新芽を食べてるんですよ」
このファーブル昆虫館がアゲハチョウの養子の世話をする相談所のようになるのもいいかもしれない。
アゲハの幼虫を得るのなら、カラスザンショウやレモンに産卵に来ている母蝶を捕まえて卵を産ませるのが一番だが、クロアゲハ、カラスアゲハならまだしも、わざわざナミアゲハに産卵させるのは面倒という気もするが。
「天は虫の上に虫を造らず」と言うけれど、どうせ手間をかけるなら、やっぱりナミアゲハよりクロ、カラスの方がいい。
6月30日 ~ カマキリ飼育装置 ~
カマキリの初齢幼虫をもらった。
体長が細長いところを見るとオオカマキリのようである。まず牛乳を飲ませてみるとよく飲む。
タッパウェアに入れておいたが元気がよい。
そのうち、うちのマンションの部屋にショウジョウバエが目につき出した。発生源はパラワンヒラタクワガタの籠らしい。
ティッシュペーパーを丸めて入れておいたのをクワガタがぐちゃぐちゃにし、それに餌のゼリーが混じって、甘酸っぱい匂いで発酵し、ショウジョウバエ培養装置のようになっている。
ふと思いついて、そのクワガタの籠にカマキリの幼虫を入れてみた。
籠の蓋の目からショウジョウバエは自由に出入りすることが出来るけれど、カマキリの幼虫は逃げられない。
カマキリは蓋のうら側に止まっているから、ハエを捕まえるチャンスもあるだろう。
これでしばらくハエを食べてくれれば、めでたくカマキリ飼育装置の完成ということになる。
6月30日 ~ コクワガタを捕えたシオヤアブ ~
「柏市の近隣の公園で3センチ以上のコクワガタを抱えたシオヤアブに遭遇しました。力持ちですね!」(ゆうた)
というメールがファーブル昆虫塾に届いた。
ムシヒキアブ、シオヤアブの仲間は勇壮な虫で、アッと驚く大型の獲物を捕まえることがある。
夏の暑い日、焼けつくような荒地のキク科の雑草などに止まって獲物を待っている。複眼は青や緑に光っていて「らんらんと輝いている」という感じ。
獲物が飛んで来ると、いきなり襲いかかって一撃で斃(たお)してしまう。鋭い口吻をつき立てるのである。
その獲物はシオカラトンボやヒグラシなど、相当大型のものをも含んでいる。センチコガネのように硬い翅鞘(はねさや)で護られている甲虫でも、背中の合わせ目のあたりに口吻を「ぐさっ」と突き立てているようである。
この仲間には、本州にもチャイロオオイシアブ、オオイシアブ、シオヤアブのような強そうな、そして魅力的な種がいるけれど、南西諸島にはメスアカオオムシヒキアブという、体長41ミリにも達する巨大種がいて、これが日本の最大種のようである。
それにしても、こういう虫は、相手が強いか弱いかを一瞬で判断するようだが、その基準は何なのであろうか。
虫に訊いてみなければわからないことであるけれど、訊かれた虫の方でも、「さあ判りません」とか、「何となく判るじゃありませんか、カンですよカン」とか応えるに違いない。
もっとも、相手の力を読みまちがったら、こっちがやられる。虫は命がけである。
野生動物は皆そうであるが、ライオンのような高等な大型肉食獣でも獲物を狙うときは絶対無理をしない。たとえ闘いに勝っても、ケガをしたらそれで終わりだからであろう。
相手が強いと思うと意地を張らずにさっさと逃げる。人間でも格闘技の鍛錬を積んだ人、剣道の達人は無用の争いは避けるようである。
6月29日 ~ 飛ばない天道虫 ~
朝日新聞の「天声人語」に、ナミテントウの中から、あまり飛ばない系統のものを選び出してビニールハウスの中でアブラムシ退治に利用する話がでていた。
よく飛ぶのはすぐ居なくなってしまうが、飛べないのは居残っているという。
それでもアブラムシを減らすことは出来ても、根絶は出来ないだろう。天敵は害虫を皆殺しにはしない。
しかし虫屋の中には、この “改良された” テントウムシこそが生態系に悪影響を与えると批判する人もいる。まあ、農薬を散布するよりはまし、というところか。
アブラムシの無翅型、有翅型のサイクルは複雑だが、まわりから隔絶された思わぬところに突然大発生する。風に飛ばされて来ることが多いようだ。
私の住んでいるのは31階という地上から高いところだが、そのベランダの鉢植えのバラにもアブラムシは発生する。
バラの葉や茎がベトベトになって光っているのは、アブラムシの “甘露” であろうか。虫嫌いの園芸家ならすぐ薬をかけるところ。
しかし、よくしたもので、そういうところにもすぐテントウムシが飛んで来る。そしてアブラムシはいつの間にかほぼ一掃されている。
飛ばないテントウムシにこういう出張サービスは無理であろう。
6月4日 ~ むしの日 ~
「虫塚」を建立して、虫屋皆で手を合わせたい──。
昔、読売新聞に「虫の春秋」というエッセイを連載していた頃、そう書いたことがある。もう30年も前のことである。
我々虫屋は、無益な殺生をするつもりはなくとも、小さい時からずっと数えると、ずいぶん虫を殺してきている。きちんとラベルをつけて永久保存できるような標本の他に、いたずらにコナムシ、カツオブシムシの餌にしてしまった標本もあるし、三角紙に包んだまま、とうとう駄目にしてしまった蝶や蛾、冷蔵庫で腐らせてしまった甲虫などもある。
いや、それ以前に、幼児の頃、虫捕り籠に入れたまま死なせてしまった蝉や蜻蛉、カブト、クワガタがあるし、蟻を踏みつぶしたこともある。それらの虫の命が無駄になったとは思わない。
その死にゆく姿が幼い頃の我々に何らかの印象を与えたことは確かであって、決して無益な殺生ではなかった。
我々に命の素晴しさとともに、死というものを最初に教えてくれたのは虫ではなかったか。
それはともかく、江戸時代の人々に倣って虫塚を建てたい、という思いはつのるばかりであった。

その願いがとうとう叶うことになった。
私が日頃そんな話をするばかりで何もしないのを柿澤清美さんが聞いていて、もちまえの実行力を発揮して、実現して下さったのである。
柿澤さんの人脈の中に、実家がお寺の後藤まる美さんがおられたことも幸運であった。後藤さんが識り合いの石屋さんに頼んで真鶴の小松石を調達して下さった。
石碑として、まず最高の材であると思う。虫屋仲間が進んで募金に応じて下さった。石碑の裏に「六月四日建之」と書いたが、毎年この「むしの日」に虫屋有志が集いたいと思う。
字は私が、家にある一番太い筆で書いた。昔と違って下手な字でも恥ずかしいなどと思わなくてもすむ。今はいい時代である。

6月15日、アンリファーブル会の総会の日に「蟲塚」のお披露目の形になった。当日は小学館社長の相賀昌宏さんが来て下さった。
ファーブル会はこの方に、多大のお世話になっている。大野正男先生に乾杯の音頭をとっていただいたついでに、「蟲塚について一言」とお願いしたら、ずいぶん詳しい故事来歴をその場で話して下さった。いずれ蟲塚について書いていただけないものかと思う。

6月16日、天王寺住職によって、めでたく「蟲塚開眼式」がとり行われた。これで「ファーブル昆虫館」にもどっしりと魂がこもったような感じがする。
4月21日
静岡県清水市の静岡自然学校資料センターで、「自然好きの子供を育てるために」という題で講演。
「静岡県自然史博物館ネットワーク」という会のお招きによる。
高橋真弓先生と静昆のメンバーがその夜の宴会にも呼んで下さり、顔見知りの虫屋が多くて、楽しい1日であった。
~朝日小学生新聞~
「朝日小学生新聞」の切り抜きを見せてもらった。
会員の小学4年生、麻由子さんが「アブライモモムシ」という物語りで、「朝日小学生新聞賞」をもらったという記事。
読んでみると、小説として巧みな作品で感服。3月15日が授賞式。アンリ・ファーブル会は人材が豊富である。
4月1日 ~越生昆虫館「虫と自然の館」開館式典~
埼玉昆虫談話会と埼玉県越生町で、越生梅林の中に建つ旧梅園保育園を利用して、「虫と自然の館」を開館。
その開館式典に招かれ、講演をすることになった。
梅林として、とても有名な地だが、今年は梅が遅れに遅れ、このグランドオープンの日前後が満開。3月31日で梅祭りが終了ということであった。
式典終了後、ファーブル会の有志とともに懇親会に招待していただいたが、見事に咲いている梅の花に囲まれて、古い虫屋仲間とも再会でき、楽しい1日であった。
それにしてもどこかで聞いたような名前である。こういう施設が全国に増えるといいのだが。
少子化で廃校になった幼稚園、小学校の建物を博物館として活かすのはうまいやり方である。
2月1日 ~千駄木小学校~
久しぶりに千駄木小学校の校庭に行ってみる。
あれっ、と思ったのは、せっかく伸びたキハダやブッドレアの枝をチョキチョキと剪定してあったことである。誰かまめな人が手入れをしたらしい。
庭の木でも、少し伸びると切らずにはいられない、という人がいる。
高校生などが髪を伸ばしていると「切れ!」と言っている大人がいるけれど、植物に対しても、きちんと切りそろえないと気が済まない人がいるわけである。
植えたこちらとしては、ケヤキやイチョウが繁ると植えたものが日陰にもなるから、できるだけ上に伸びて大きく育って欲しいのだが、仕方がない。
自分の土地なら思い通りにもなるけれど、学校の校庭に何とか虫を呼びたいと思っても、色々な考え方の人がいて、いろいろなことをするのは当然であろう。
大事なのは伐られても伐られてもあきらめないことである。
アシタバ、ウマノスズクサなども植えたが、アシタバは健在であった。ウマノスズクサは地表には何も無くなっている。
春になったらまた芽が出て来るはずだが、巻き付いていたハリガネの輪も持ち去られていた。エノキは少し大きくなっていたから、芽が出たら、冷蔵庫のオオムラサキの幼虫をたからせるつもりでいる。
去年は袋ごと、あるいは袋だけ無くなっていたが、今年は何とか守りたい。
~昆虫研究ファーブル大賞~
会員からの要望が多かったので、今年から「ファーブル大賞」を始めることになった。
応募してくれた子供たちとも昆虫標本作製教室やクリスマス会などを通じて馴染みになっている。
今年、カミキリムシの標本を提出してくれた弘世賢太郎、俊太郎兄弟の父君、弘世貴久氏は、御自身がカミキリ屋で、忙しいお医者様であるから、一時虫は中断しておられたようだが、子供と共に虫屋復活ということのようである。
弘世先生のそのまた父君は、弘世徳太郎と言う方で、知る人ぞ知る虫屋である。私なぞの大先輩に当られ、『赤道の旅』という虫随筆もある。つまりこの子たちは虫屋の3代目なのである。
藤岡知夫先生によると虫屋はメンデルの法則で言う劣性遺伝であるという。
とすれば、3人子供がいても1人ぐらいしか虫屋にはなってくれない計算になるけれど、虫屋としての羽化率は、実際にはもっと低いかもしれない。
3代目の虫屋は、従って稀少種に属する。かくいろ我が家の双子の中、1人だけがひょっとしたら虫屋になってくれそうな気がする。
虫屋の英才教育をしようにも本人が「イヤ」と言ったら強制するわけにもいかない。強制なんかすればよけい嫌になるだけである。
いずれにせよ、「ファーブル昆虫館」2階の収蔵庫にある3千箱の標本は誰かに引継いで欲しいので、そのためにもファーブル会の活動は活発に続けていきたいと思っている。

今年も早、11月。アンリ・ファーブル会の会員に「会費納入願い」、新しい人に「入会願い」の手紙を出さねばならない。
遠くにいて、会の催しものに参加できない人のために、せめて本でも送ろうと、『博物学の巨人アンリ・ファーブル』を送る手配を出版社に頼んだら、私がぐずぐずして手紙を送るのが遅れているうちに、本の方が先に届いてしまった。
いきなり本を送られた人は「何だろう?」と思われたに違いない。
ファーブル会でも事務量は多く、結構大変だし、これで土・日に館内にいてくださるボランティアの方々が来て下さらなくなったら、私が学校を辞めて店番をするか、土日の開館を中止するしかない。
とにかくNPO活動を停止したら、このNPOの資産である昆虫館の建物は、東京都に没収されることになっている。それだけは御勘弁。
10月30日(日) ~光が丘公園 秋の昆虫採集会~
練馬区の光が丘公園で子供たち中心の採集・観察会。
地元の大須賀さんがここで保護活動をしておられ、役所ともまめに交渉に当たっている様子。大変な努力であると思う。
爽やかに晴れて快適な一日。この公園の広大なのに感心する。多くの人々がこの近所に住んでいる。
公園とはどういうものであればよいのか───利用者の考え方、感じ方、関わりの持ち方は実にさまざまであるらしい。
また役所の関わり方も、住民の働きかけによって大きく影響を受ける。
しかし利用者の中で、多様な生き物がたくさんいれば楽しい、と感じる人はあんまり多くないようである。
鳥や虫や草木については、なんとなく「在るな」ぐらいで細かく見ている人は少ないし、その生態なんかにも関心がない。
虫が出ると薬を撒け、木が枝葉を伸ばすと伐れ、という人が多い。
だから、カラー舗装と芝生の、栽培植物のポット苗をしょっちゅう植え替える、すっきりした鳥も虫もいない公園ばかりになる。
公園の隣りに引っ越してきた人が「家が暗くなるから木を伐れ」、というのは話が逆なのだが、公園を管理する役所としても、うるさく言って来る人の要求に応えることが住民へのサービスになると思うのか、大木を大胆にずばりと伐り倒してしまう。あるいは彼ら自身もあまり旺盛に植物が繁茂するのは嫌なのかも知れない。
役所に命じられた造園業者は木を伐って除去するのが仕事になる。一度仕事になってしまうと、毎年一定の仕事があるのは誰でもありがたい。
クヌギやケヤキやトチノキの大木が枯れてくると、利用者の中にはよく見ていて、「倒れると危ないから伐れ」という人がいる。
立ち枯れにはカミキリムシ、タマムシ、クワガタムシなどの幼虫が潜んでいるのだが、事故が起きると大変だから、と、伐る。
次には伐ったものが目障りだからと、木をその場に倒しておかず、ゴミ処理場まで運んで焼却する。
せめて甲虫の幼虫が大きくなるまでその場に寝かせておいて欲しいところだが、伐った植物はゴミと感じているようで、葉っぱなども積み上げておけばハナムグリなどが発生するのだが、わざわざ人手をかけてビニール袋に詰め、焼却場に持って行く。
私が埼玉大学にいた時は、落ち葉の利用について、事務の人に理解してもらうのに苦労した。
チャドクガの季節になると「今年は発生してませんよ」と言っても、「予算を執行しなければなりませんから」と言って業者に薬剤を散布させる。
そのあたりの虫は、何もかも一時全滅してしまうのであった。

光が丘でもシャクナゲの花が咲く「まあ、綺麗」と切って持って帰る人がいるそうだ。フキが出ると大量に取る。
お店で買えばいいのに、と思って注意しても「何が悪い」という態度。公園の近くに住んでいると入会権(いりあいけん)でも、自分たちだけに発生すると思っているのか、山野草も掘って持っていってしまう。
自分の家に飾って「得した」と思うのであろうか。公園で花や珍しい植物を見つけると、取らないと損、と思うのだろうが、家にもって帰っても大事にしないので、すぐに枯らしてしまうのに・・・と文句を言いたくなる。
しかし、我々が子供と一緒に昆虫採集をしているところを見て、登山帽にスニーカーのおばさんたちは、我々をこの、草木や山野草を持ち帰る人と同一視しているかも知れないのである。
それどころか、子供に殺生を教えている、と考えることもあり得る。
「チョウやトンボを殺してどうするの。かわいそうじゃないの。針刺して飾りにするんでしょ。腐って直ぐダメになるのに」
あるいは、虫を殺すくせをつけると残酷になる。将来人殺しになる、などという人さえもいる。
むしろ、子供の時に虫も殺さず育った人には、生命の大切さが少なくとも感覚的に解らないのではないか。
それに対して昆虫採集をする我々もちゃんと反論できるようにしておかなければならない。
昆虫採集は自然を理解し、自然の素晴しさを感じ取るための最良の方法のひとつであること。大切なのはまず生き物をよく見て、興味を持つことであり、それには昆虫のように小さいものの場合、どうしても網で捕え、手にとって観察しなければ判らないこと。
虫は子供が触っているうちに死んでしまう。しかしそれは、いわば精神を養うための殺生なのである。家畜や魚を殺して食べるのは、肉体を養うための殺生だが、精神を養うための殺生も同じように大切なものである。
また、虫は網で採ったぐらいでは減らないこと、なども、我慢強く相手に理解してもらわなければならない。黙っていれば相手はこっちに非があると思うし、感情的になっていて論理的な話が出来ない人もいる。
しかし、少なくとも我々は理論的でなければならないと思う。
「網で採ったくらいで山野の昆虫は絶滅しませんよ」
「でも、一匹捕ったら一匹減るでしょう」
「そりゃぁ、一匹採ったら、その一匹は減りますよ」
「ほら見ろ、減るじゃないか」
というような議論をしたことがある。一匹捕ったら減る、という人は昆虫の復元力を知らないのである。
実際に本来の天敵である鳥、たとえば一羽のシジュウカラが生まれてから死ぬまでにどれだけの虫をつかまえることか。その数は何十万匹にものぼるであろう。
それでも虫は平気である。ただし食草、食樹を伐られ、環境が破壊されれば、それで終わりになってしまう。
チョウなどの保護活動をしている限られた場所で、「我々の地元だから、よそ者は入るな」と言われたら、それはもう仕方がない。
一生懸命ギフチョウを育てている場所へ行って採ったりしてはいけない。それより自分で地形や食草を調べて新産地を見つけることである。
新産地の発見も昆虫採集の大きな喜びのひとつと心得るべきであろう。
10月29日(土)
「昆虫館」のクヌギの枝払いを植木屋さんに頼んである。私が昼頃行ったら安達さんと植木屋さんがもう伐ってくれたあとだった。
軽トラックいっぱいの枝葉を例年どおり千駄木小学校の校庭の隅に積む。前年までの分に青いビニールシートが掛けてあって、それをめくると、薄緑のモヤシがいっぱい生えて、下からコオロギの幼虫がピョン、ピョンと、たくさん出てきた。
シートを掛けることによって発酵が進み、素晴しい腐葉土になっている。バクテリアの働きで土の中が暖かい。
私はこのシート掛けを、発酵促進のため、とばかり思っていたが、実は雨水の放射能が溜まることを心配しての措置なのだった。
うちの子供が幼稚園の年中組になって、仮面ライダーとかゴーカイジャーの映画に夢中である。
こういう映画を子供と一緒に見ていると、そのストーリーは単純で、悪者が怪獣人間に変身して悪事をはたらくのを、仮面ライダーに変身した正義の味方がやっつけるのである。
結局は殴ったり蹴ったり、ビューと跳んだりするだけ。30年以上も前からの映画をまだテレビでやっていて、藤岡弘などという俳優さんが若いのにびっくりする。
新しく撮った作品では、やたらに複雑な機能つきのベルトをしていて、それにカードをかざすと“ジャキーン”と音がして、変身したりするのである。
そのベルトをお店で売っていて、子供がそれを「買って、買って」とせがみ、実際に、母親に買ってもらって遊んでいるが、私はダンボールに色を塗って作ってやって、安く上げている。
しかし、こんなものばかり見せていては教育によくない、というわけでもないけれど、私としてはできれば虫の映像を見せたい。

幸い双子の一人の方が、最近カブト、クワガタのDVDを喜んで見るようになった。私の膝の上に乗って、「もう一回、もう一回」と繰り返し見る。
テレビで放映した「虫・ムシおもしろ図鑑」と題した、「カブトムシ」「クワガタ」「コスタリカのチョウ」という6分ばかりの番組、それと、栗林慧さんがマレーシアとペルーに行って撮った、それぞれ90分ほどの2本の番組である。
子供とずっと一緒に何回もこれを見ていると、いろいろなことに気づくことになる。番組中、虫のケンカに使っているコーカサスオオカブトの中型個体は右中肢のふせつが欠けているからふんばりが効かない、また、コーカサスとアトラスの取り違えがある、などと細かいことが判ってくるのだ。
それと少し気になるのが、クワガタなどの和名である。
ラテン語の学名を和名にするときどう読むか。一番正しいのは古代ローマ人が発音していたように“ローマ字読み”にすることであろうが、英語式に「プラタナス」と称している木をplatanusという綴りだからといって今さら「プラタヌス」と読むのは却って違和感があるだろう。
しかしだからといって“中国に棲む”という意味の「キネンシス」chinensisを英語訛りで、「チャイネシス」とかフランス語訛りで、「シネンシス」と読むのもどうかと思う。
たとえばクワガタの中でホソアカクワガタ属はcyclommatusだが、これを英国人は「サイクロマタス」と言い、フランス人は「シクロマテュス」と言う。
しかしこれは日本人としては「キクロマトゥス」と発音するのがいいだろう、というのが私の考えである。
因に巨大種を含むこの属をホソアカ・・・などと呼ぶのは、戦前に台湾のCyclommatus scutellarisをホソアカクワガタと命名したからで、なるほどこの種は細くて赤っぽい。
しかし、同じ属でもより南に産するエラフスホソアカクワガタやコウテイホソアカクワガタなどは、そんなか細く、弱々しい印象のクワガタではなく、まさに堂々たる巨大昆虫である。
クワガタの名前で、フランス人の名の付いたのが特に気になるのは、私がもともとフランス語の教師だったからであるが、ここに、あくまでも参考までに、ということで、DVDや図鑑をひろい読みしながら目に付いたフランス人の名前だけでも、フランス式の正しい発音として、カタカナで表記しておこうと思う。
ヴェトナム、ラオス、カンボジアなどは19世紀中頃からフランスの植民地であったから、フランス人の研究者、蒐集家の名に因んだ虫が多いのである。

○ディディエールシカツノクワガタRhaetulus didieriはDidier氏に献名されたもので、フランス名を尊重するなら、ディディエシカツノクワガタということになる。
ディディエはセギ氏Seguyと共著で世界のクワガタ図鑑を書いた人。かつて外国産のクワガタを調べる時、これが一番頼りになる文献であった。
図版はペン画のモノクロだが、その絵が絶妙で、漆黒の輝きをペン画で見事に描いている。そして、セギ氏は北ヴェトナム特産の、セグーコクワガタDorcus seguyiに名が残っている。これもセギコクワガタと読んでもいい。
もちろんラテン語ではフランス語式のアクサンを用いないので、Seguyの名も「セギ氏に献げた」seguyiと表記されるわけである。
マレーのハデツヤモモブトハムシSagra buquetiにも献名されているBuquetはビュケが正しい。
ダビデミヤマクワガタLucanus davidisは、ジャイアントパンダやシフゾウの発見者ダヴィッド神父の名に因む。
同じくレスネミヤマクワガタLucanus lesmieiは、よく判らないが、その綴りからして、フランス人らしい。もしそうであれば発音は「レーヌ」となる。
同様にサッラウトマルバネクワガタNeolucanus sarrautiはサローマルバネクワガタと思われる。
タイのモウホットツヤクワガタOdontolabis mouhotiは糞虫のカブトエンマコガネOnthophagus mouhotiにも献名されているが、ジャングルに埋もれていた石造りの寺院、アンコールワットを全世界に紹介したアンリ・ムオHenri Mouhotの名にちなんだと思われるので、ムオツヤクワガタとなるが、いずれにせよ、我々日本人が学名を英国や独、仏訛りで読まねばならぬ理由はない。
ローマ字読みで一向にさしつかえがない。

昔、あるヨーロッパの古典文学のゼミで、教授が「アリストテレスの名を、英国人はアリストートルと言い、フランス人はアリストットと言うが、日本人は何と呼ぶのか」とその場にいた日本人留学生に訊いた。
すると学生は「アリストテレスと言います。」と答えた。先生は「おお、日本人が一番正しい」と言ったそうである。

○うちの双子はRとSと言う。Rの方が最近私と虫のDVDを見ているので、ひょっとしたら後継ぎにして、大量の標本を押しつけようと私も希望を持ちはじめた。
RがよくSに言う。
「Rがギラファノコギリクワガタ、Sがヒメカブトだよ。たたかおう」
まことに自分に都合がいい。しかし昨日はカブト、クワガタのDVDのあと、ウォルトディズニーのアニメ「ファンタジア」を私と一緒に観た。
ストラヴィンスキーの曲に合わせてプテラノドンやトリケラトプスが活躍する。こんな恐竜の名をいつの間にか覚えているのだ。

今日の午後は、昆虫館で写真塾。中嶋さん、日置さん、田中さん、髙橋さんらが来られる。迷蝶の発見で一躍“時の人”となった中学生の楠本優作君もご両親と出席。
私は今そのテーブルの端にいてこれを書いている。
10月19日(水)
昨夜遅く帰宅して、テレビの録画を見る。
「BSプレミアム」の「極上美の饗宴」で、速水御舟の「炎舞」という絵の中の蛾について語ったのだが、前半に述べた、「蝶、蛾は昔、死者の魂と信じられていた」という部分が放送されなかったので、画面の、焚火の焔に飛来した蛾が何故、途中で消失するか、という説明がもうひとつ解りにくくなったように思う。
九月はテレビの収録が3回あった。「BSブックレビュー」「NHK俳句」そして3つ目が「炎舞」である。収録は時間がかかって大変である。
こういうことも、このホームページで会員の方々にお知らせしておくとよいのかもしれないが、いつの放送か、いつもちゃんと訊いておかないので、つい忘れてしまう。
10月16日(日) ~秋晴れ~
10月16日(日)晴れ 昆虫館の鍵を開けるために昼頃家を出る。上野動物園の裏門辺りに人多し。
昨夜の風雨から一転して爽やかに晴れ上がり、道行く人は皆半袖である。車の温度計を見ると28.5度。
不忍通りを車で走っていて一番目立つ、人だかりの店は根津の鯛焼き屋で、いつ見ても長蛇の列。
このあたり『放浪記』を書いた林芙美子が、「今度お金が入ったらいなり寿司を腹いっぱい食おう」などと、空き腹を抱えて歩き回った所である。
「ファーブル館」に着くとサンダンカのオレンジ色の花にツマグロヒョウモンが2、3頭。その奥のガレージ横のブッドレアの花穂にも、やはりツマグロヒョウモン。ここには雌がいて、その傍で雄が求愛している。一ヶ月ほど前にはこのブッドレアにアカタテハが来ていた。
それにしてもツマグロヒョウモンが東京の、最普通種の蝶になるとか、黒い大きなナガサキアゲハであるとか、こうした状況を昆虫館の開館当時は予想だにしなかった。
昆虫館横の3メートルを超えるブッドレアは9月の台風で根こぎにされてしまった。プランターに挿し木にしてあったのが幼木になっているから、それを同じ場所に植えようと思っている。
北京の「旅游教育出版」というところから、私のジュニア版『ファーブル昆虫記』(全8巻)の翻訳が出て、版を重ねている。(台湾版ではない)
それはいいけど、やはり集英社の完訳版『昆虫記』と、装幀まで非常によく似たものが「江西科学技術出版社」というところから、集英社にも、私にも何のことわりもなしに出ているのはどうかと思う。中の挿絵はジュニア版の見山博さんの描いたものをちょっと改変して使っている。
まあ、ファーブルのことが中国で広く知られるようになるなら、一時的にはそれでもよい、と思うことにするか。
9月23日(金) ~インセクトフェア~
秋分の日、大手町サンケイプラザのインセクトフェアに行く。
養老孟司さん、池田清彦さんとの共著『ぼくらの昆虫採集』にサインをする。義理で買ってくれる人がたくさんいて完売。これも押し売りの一種か。
ただし、前日から一冊一冊にカブト、クワガタ、ツユムシの絵を描いておくのが大変であった。
西山保典さんが、ちらりと中型標本箱を見せる。中にオオムラサキの異常型が11頭も入っているではないか!それも紫色が翅全面に広がった、見たこともないもの。すべて中国遼寧省産。現地の採集人が樹液に来ている蝶を指でつまんで採っていくのだという。
そうやって毎年、何十万頭というオオムラサキを採集する。その中から異常型が発見されるのだそうだが、日本のオオムラサキでこんなのは見たことがない。なにしろアグリアスのフルニエラエとかエクセルシオールのように、全面紫色に輝いているのである。
こういうコレクションはその場で押さえるしかない。西山さんに有り金を渡して -と言ってもたった3万円ほどだが- 標本箱ごと譲ってもらうことにする。とにかく手を放したら縁が切れてしまうから放さない。残金は振り込みにさせてもらう。
ついでに i-Pad 2 も注文。これがただの i-Pad ではなくて、中に「ザイツ」をはじめ、蝶、クワガタ、タマムシの図鑑がぎっしりと入っているのだ。
西山さんと話していると藤岡先生が遅れてやって来た。危ないところだった。
西山さん、まさえさん、久枝夫妻と浅草「駒形」でどじょう鍋。酒も旨かった。久枝譲治さんは今度オマーンの大使になられた由。3年前シカゴの総領事になられた時もこのメンバーで食事をし、カラオケにも行った。で、当然、今回もカラオケということになる。

オオムラサキを手に入れた幸福感が数日間持続した。
さて、支払の問題がある。翌朝、家内にオオムラサキの標本を見せて、いかにこれが素晴しいものであるか説明しようとしたら、ちらり、と見るなり、相手は苦笑した。
「この口座に、これだけ振り込んで」と頼むと、「そのかわり、もう、学校に行くのが嫌だとか、辞めるとか言わないか。一札入れてもらわなきゃね」と凄まれた。
ほんとに、この歳で標本ばかり蒐めてどうするのかという意見もあるけれど、私としては虫の魅力に背を向けることは出来ないのである。
9月11日(日) ~第3回 丹沢サントリー天然水の森付近の調査~
メンバーは中嶋、梅田ご夫妻、髙橋、柿澤、安達、井上、奥本。
今回は国民宿舎に一泊して夜間採集をすることにする。あいにく満月に近く、明るすぎて条件が悪かったが、深夜、月が陰った頃から、蛾をはじめ昆虫が飛来しはじめた。
庭に白い幕を張り、ライトを耿々とつけて待つ。
夕食の後、二階の部屋から、焼酎の水割りを飲みながら見張っていると、大きな蛾が。ヤママユが次々に飛んで来るのだ。
ただし、まだ時期が早いのか雄ばかりである。雌なら産卵させてファーブル館のクヌギで飼育するのだが残念。
ミカドガガンボ、キカマキリモドキなども二階の部屋に直接入って来て、午前3時頃まで採集は続いた。まめに雑虫まで採っていた髙橋さんだけでも、総計145種の成果があった、という。他のメンバーの採集品のことはまだ聞いていない。
翌日はニジマスの養殖場付近で採集・観察。一昨年あんなにいたオニヤンマが今年は少ない。時期がずれているらしい。
8月21日 ~夢の樹~
梅田さん、高和さん、榎本さん、安達さんと、地下の空いていたゲージの中の木にオオムラサキ、スズメバチ、カブト、クワガタなどの標本を針で止めて樹液に集まる虫のジオラマを作った。
隣りには外国産の大型甲虫をふんだんに付けて「夢の樹」を展示。もし実際にこんな光景を見たら大興奮だ。
こういう仕事は、もし一人でやったら大変だが、大勢でお喋りしながらやると楽しいし、予想外に早く片付く。もっとも土台の木やゲージは以前に梅田さんが造ってくれたものである。
これに生きたコーカサスオオカブトなどを止まらせていたが、すぐに死んでしまうし、冬を越させるのが難しかったので、久しく空き家になっていたのだ。
8月20日 ~アブラゼミ~
この頃、路上でアブラゼミの死骸をよく見る。大型の虫では死骸をいちばんよく見かける虫。
蝉がもし鳴かなかったら、こんなにたくさんいる虫だとはとても思わないだろう。しかも鳴くのは♂ばかり。全体の約半分でしかないのだ。
同様に、人工の光というものが無かったら、蛾はみんな珍品ということになるだろう。
8月16~17日 ~標本の整理~
古い甲虫標本を整形。電磁調理器に鍋をかけて湯を沸かし、和紙を被せ、その上に虫を載せて蒸す。
この方式だと直接湯に浸けるのと違ってすぐ柔らかくなり、またすぐ乾くので、大量に処理ができる。旧来のやり方だと、特に大型甲虫など、いつまでも茶色い汁がでて往生する。
但しセミは色が変わるので不可。ミンミンゼミの緑が飛んで茶色くなった。まるで新種。
エビ、カニと違い、甲虫は熱を加えても変色しない。
自由に温度調節のできる電磁調理器も、それから百円ショップも、ドン・キホーテも、みんな我々虫屋のためにある、と思っていればいいのである。
8月15日 ~アカミミガメ~
うちの子供らと本郷の東大にセミ採りに行く。
子供の網でアブラゼミ1頭をgetして、親父の面目をかろうじて保つ。
三四郎池にアカミミガメがたくさんいて、人を見ると餌をくれると思うのか、ふわーと泳いで寄ってくる。簡単に掬えそう。
掬うのはいいが、放したら懲役1年以下か、100万円以下の罰金(外来生物法)だという。
アメリカザリガニ、ウシガエルも同じ扱いなのか。ウシガエルは駆除してほしい。不忍池のコイも多すぎるように思うが。
トンボのヤゴでも他の水生昆虫でも、コイが皆食べてしまっているように思われる。せめて挺水(ていすい)植物を茂らせて、大きな図体のコイが入り込めない場所を造ってもらいたいものであるが、時々、草をきれいに刈り取ってさっぱりさせてしまう。
するとそのあとは何もいなくなる。
8月14日(日)~シバンムシ大発生~
安達さんが地下のファーブル生家のパンに虫がついているのを発見。シバンムシの大発生。
このパンは4年目か5年目だが、この数日の間に一斉に羽化したらしい。ビニール袋に入れキンチョールで殺すが、大変な数である。
「最近の日本人はキンチョールが足りん!」と誰かが言ったが、我々も油断していた。しかし、標本につくシバンムシとは種が違うのではないか。
タバコシバンムシ、フルホンシバンムシ、ジンサンシバンムシ、といろいろいるらしい。ジンサンは人参と書く。漢方薬の朝鮮人参につくので、この名がある。
農林省にいた「長谷川仁先生を囲む会」のパンフレットは確か、「仁さん酒番虫」だった。シバンムシは「死番虫」と書く。英語では"death watch"。
大修館の『ジーニアス英和辞典』を引くと、
  1. deathwatch beetle
  2.(臨終の人の)不寝番(死者の)通夜
  3. 死刑囚監視員
と出ている。1は古いベッドや木の柱の中で、この虫が交尾行動で「コツコツ」と音をたてるのを「死の刻をきざむ時計の音」のように思ったから、と何かの本に書いてあった。
フランス語ではたしか"croqut mort"(クロックモール)と言ったはずだが、今、辞書を引いてみると「死体を納棺して墓地まで運ぶ人」としか書いてない。そのうちちゃんと調べよう。
それで思いついて北インドのクワガタ、カブトの入った標本箱4箱を取り出してくる。中身の大半は茶色い粉になってしまっている。メモを見ると"Khasi Hills 1976 july"。
ガラス蓋を開けて箱の「身」をビニールの大袋の中ではたくと凄い茶色の煙。マスクとゴーグルが要る。ずっと気になって、何とかしなければと思っていたのを、35年ぶりに綺麗に掃除。せいせいする。
同時に標本箱に空きが出来た。
8月12~14日 ~夏休み標本教室~
夏休みの標本教室は人気が高い。初級・中級・セミ、トンボと満員御礼。
昔の標本作りは文章だけの難解なものだったが、今はスタッフが手取り足取り教えてくれるのでわかりやすい。
しかし、こうして子供たちが集まり、若い保護者が来られると活気がある。我々スタッフも元気づけられて愉快であった。
3日連続の標本教室の最後の日、何となく満足感があり、動坂のイタリア料理の店で軽く打ち上げをする。こんな近くにいい店があったとは。
14日の午前にはラジオの中継に出る。質問内容は人気の虫、どこで採れるのか、迷蝶、についての3点。
それと私の本の宣伝を含めて5分間の生放送だった。
8月10日(水)~飛蚊症~
日立病院の眼科。飛蚊症と診断される。
ただの老化だというが、視力が落ちるのは困る。失明はもっと困る。
8月4日(木) ~海野さん出版記念会~
海野和男さんの神田の学士会館での出版記念会。
写真集、図鑑、とたて続けに4冊も出したのでその記念。参加者は220名以上。
『虫・コレ』『昆虫顔面図鑑』『チョウはなぜ飛ぶか』『世界で一番美しい蝶は何か』など4冊一遍の記念会。
今、写真集を出すのは大変なことなので、お祝いのスピーチをした写真界の偉い人たちも、皆一様にそのことに対する驚きを述べる。 スピーチを頼まれたが、どうせ誰も聞いていないから、今年5歳になるうちの子二人に花束を贈呈させる。皆、小生の孫だと思っただろう。今森光彦さんもやはりたて続けに本を出す。
いまどき、虫の写真集を次々に出せるのは海野さんと、今森さんの二人である。今森さんの『世界のカブトムシ』これと、海野さんの『世界で最も美しい蝶は何か』を寝る前に毎日眺めていると、標本室の虫の手入れをしなければと思う。
どちらの本も、世界中の大型美麗昆虫が入手できる今だからこそ出版できる素晴しい本。英語版を出せれば、あちらで売れそう。
二次会は神保町の洋風料理店。長畑直和さんらも同席。長畑さんはテレビチャンピオンの「虫クン」で、記憶力抜群、細かいことをよく覚えている。話していて楽しい。
それにしても、昆虫写真の分野は、デジタルカメラの発達で、誰でもかなりの水準の作品が撮れるようになったせいか、逆にプロの写真家が減る、という結果になってしまった。
戦前に三省堂から出た平山修次郎の『原色千種昆虫図譜』などを見ていると、後ろの頁に石澤慈島という人の『路傍の昆虫』という本の広告が出ている。後にこれを入手したが、小型のポケットブックのようなもので、もちろんモノクローム。
その写真の質は、今なら“ピンボケ”(この言葉も古くなった。ピントがボケているという意味で、むかしの素人写真にはこれが多かった)と言われてしまいそうなものである。
当時の普通種が小さく写っている。カメラはツァイスなどのドイツ製であろうが、その頃、カメラというのは風景や人物を撮るもので、虫のような小さなものを撮るのは土台無理であった。
ツァイス・イコンでもローライコードでも、虫を撮って現像してみると、豆粒のようにしか写っていないのでがっかりしたものである。
戦後の1950年代に田村栄という人が『昆虫の生態』という大きな箱入りの写真集を出している。田村は「子供の科学」の表紙の写真を撮っていた。オオイチモンジのような蝶を自分で飼育して撮影するのである。アリの生態などもレンズに蛇腹を付けて接写するというようなことが書いてあった。
そんな時代から見ると、今のデジタルカメラの発達はまさに驚異的である。
私も学生時代にカメラ雑誌で、135ミリの望遠レンズに接写リングを挟む方法を知って、六義園でキタテハを撮って喜んだり落胆したりしていた。1972年頃、台湾に行った時は同行の山本晃さんに教えてもらって、アケボノアゲハやホッポアゲハを写した。そのスライドは今でも保存しているが、色が多少褪せたようだ。
その後、海野和男さんと知り合って一緒にマレーなどに行き、指導してもらった。
初めのうちは「上手い」などと褒められたが、だんだん知恵がつくと下手になったような気がする。
7月27日(水) ~ヤマトタマムシ~
この頃は大学でも年間30週きちんと授業をやることになっているので、まだ夏休みにはならない。
大阪芸大デザイン科の北端信彦氏と午前中採集に行く。小野妹子の墳墓が神社のようになっているところで大きなヤマトタマムシを発見。
7月10日(日) ~ファーブル自然の森 2~
鮭川村。ウラナミアカシジミ、ウラキンシジミ、キバネセセリ。
新幹線新庄駅では塩辛、味噌漬けとサクランボを買っていると、土産として、箱入りの上等なサクランボを贈られる。翌日子供と食う。
7月9日(土) ~ファーブル自然の森~
山形県の最上郡鮭川村「ファーブル保全の森」のオープニング。当会理事の海野和男さんと一緒に招かれて講演。
新庄まで新幹線。蒸し暑い。夜はホタル観察会。ヘイケボタルが田圃と谷川のあたりを飛ぶ。
こんな暗い中のかすかな光を海野さんたちは撮影するので驚く。
村長の元木さんらと宴会。旨いドブロクとワイン。馬刺し、山菜。
肝煎(きもいり)は中嶋正人さん、日置健吾さん、高橋恒一さんら。
5月16日(月) ~サントリー天然水の森 第2回丹沢調査~
丹沢2回目の調査。
鹿の食害のためか、虫はごく少ない。目立つ植物は3種のみ。
参加:中嶋正人、梅田夫妻、堀内隆夫、高橋公彦、安達尚友、小瀬泰志さんがVTRを撮る。イワナ、ニジマス養殖場でマキ割りをする。


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